鹿島美術研究 年報第32号
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に成功している。外界との接触を断ち、孤独な環境の中で自らの夢の世界に没頭していたかのように思われてきたこの画家においても、同時代の多くの優れた画家達同様、その成功の背景には彼を支える文化的なコミュニティが存在したのだということが、本研究によって明らかになるものと考える。それにより、今後、ギュスターヴ・モローの作品の新たな解釈の可能性が広がるとともに、19世紀フランス美術史・文化史上におけるこの画家の位置づけをより鮮明なものとしていくことが可能になるだろう。研 究 者:国立西洋美術館 研究員  川 瀬 佑 介また、リベーラの生涯に関する重要な史料であるデ・ドミニチの列伝は、これまでその出版年代の遅さや、書かれた内容に対する信憑性から、重要な史料として真摯に扱われてこなかった。しかし筆者は、文学ジャンルとしての芸術家列伝のレトリックとその伝統や、デ・ドミニチ個人の歴史的視点を意識しながら読むことによって、この史料は画家に関する重要な知見を提供してくれるものと考えている。作品の分析と合わせて史料の読解を行うことで、画家の制作態度をより多角的に理解することが可能になると考える。17世紀の芸術家の工房制作に関する研究は近年研究が進んでいる分野ではあるが、リベーラに関してはいまだに未着手のままである。また17世紀前半のナポリに関してもそうした観点からの研究は乏しい。リベーラの制作の特徴の一つには、残された作品の量に比して、主題や構図のヴァリエーションは比較的少なく、半身像の聖人や哲学者、定型化した構図による殉教図や神話主題などを繰り返し制作していたことを挙げることができよう。本研究は、これらがどのように制作されたのか―つまり工房による機械的な反復であったのか、本人による創造的な改良のプロセスであったのか―、そしてまた何故そうした作品が生み出されたのか―つまりどのような市場戦略のもとに制作されたのか―、という問題を考察の対象とする。ただ、弟子の割り出しや手の識別といった様式的観点からのみ考察するのではなく、パトロネージや社会的観点から検討することで、リベーラの絵画制作のメカニズム、そしてその実態に新たな光を当てることを目的とする。㊲ ジュセペ・デ・リベーラのナポリ時代の工房制作と名声の確立について

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