「聖なる形:ナルボンヌの「聖墳墓のメモリア」をめぐる研究」描いている。童子はみごとにクリアして、諸行無常の偈を授かることになる。すでに『扁額軌範』に載る絵馬との図像的相似などは指摘されていたが、ヴォズニ氏はその根底に、御伽草子『釈迦の本地』が当時広く普及していた事実があったことに注目する。その上で、羅刹と童子を描きつつも、釈迦と帝釈天をダブルイメージのように投影していること、『玉虫厨子』で有名な「施身聞偈」と「捨身飼虎」を一図に融合していること、童子の腰布と羅刹の肌にみられる赤と青の対比には、これまた庶民の間に広まっていた庚申信仰からの影響があることを明らかにした。その証明は実証性に富み、反論の余地を残さぬものである。奇矯な画趣ばかりが強調されてきた「雪山童子図」であるが、ヴォズニ氏は隠されている複数のイメージの典拠を白日のもとにさらし、当時の文化的背景をも探求しようと試みたのである。浮世絵の見立てややつしを想起させる趣向も認められるという指摘もきわめて興味深い。以上、第22回鹿島美術財団賞にふさわしいものとして選考された理由である。優秀者には中野慎之氏の「新南画の成立と展開」が選ばれた。今村紫紅という革命的画家をライトモチーフとしつつ、明清画の将来と西洋美術思潮の需要のなか、その絵画表現と絵画哲学を日本画に摂取して、新南画という新しい絵画的地平が開かれたことを明らかにした研究として高く評価された。《西洋美術部門》財団賞杉山菜穂子氏(三菱一号館美術館学芸員)「トゥールーズ=ロートレックとシェレのジャポニスム」優秀者 奈良澤由美氏(東京大学大学院総合文化研究科特任研究員)《選考理由》ベル・エポック時代のポスター芸術におけるトゥールーズ=ロートレックの活躍については広く一般に知られている。しかし、杉山菜穂子さんは、ロートレックより前からこの分野で活動を始めていたジュール・シェレを抜きにしては19世紀末のフランスにおけるポスター芸術の隆盛を正確に語ることはできないと述べる。2010年にパリの装飾美術館などで開催された大規模なシェレの回顧展を機に、シェレの装飾美術家としての功績とともに、彼によるポスター制作の全貌がはじめてまとめられた。シェレが生涯で制作したポスターは1,000点を超えるのに対して、ロート―16―(文責:河野元昭選考委員)
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