1.聖なる形:ナルボンヌの「聖墳墓のメモリア」をめぐる研究発表者:東京大学大学院総合文化研究科特任研究員奈良澤由美研究発表者の発表要旨のか、時代的なコンテクストを調べることにあった。エルサレムの聖墳墓に関する文書・図像資料との比較考察は、いくつかの明確な相違点にもかかわらず、ナルボンヌの「メモリア」が、その屋根の形、並ぶ美しい柱、正面の柵のある玄関廊など、巡礼者が目にする聖墳墓の姿そのものを視覚的に再現しようとした強い意図の結実であることを明らかにし、また、この模型がどのような場所でどのような目的のために使われたのか、重要な示唆を与える。「メモリア」の玄関廊の床に彫られている溝と穴は、おそらく聖地から持ち帰られた「天使の石」にちなむ聖遺物が、開閉できる柵や篭のようなものに入れられて安置されていた痕跡であり、「メモリア」の背部の開口部は、ランプを出し入れして油を絶やすことなく補給する用途を果たしていたのではないかと推定される。そうして「メモリア」の奥室にはランプが絶え間なく灯され続け、その油はエウロギア(副次的聖遺物)となり、信者たちに譲渡されていたのであろう。ナルボンヌは聖地から遠く離れ、聖地への強い希求がある一方で、特権的な人々は比較的速やかに聖地へ赴くことができるという港町の地利があった。5世紀のナルボンヌ司教ルスティクスは、その長い在位期間を通し、活発な聖堂建設活動を行ったことで知られている。司教座の威信を誇示するために、東方の聖地のうちでも最も神聖なモニュメントを聖堂内に再現しようと企画したとき、実物にごく忠実な模型を作ることはそれほど困難ではなかったのであろう。実際、古代の神殿模型の豊富な作例を概観すると、こうした模型の制作は過去の伝統からは決して不自然ではなかったといエルサレムの聖墳墓教会の象徴性は、中世を通し広いテーマの中に存在するが、ナルボンヌの考古学博物館に保存される「聖墳墓のメモリア」と呼ばれている大理石の神殿模型(5世紀)は、象徴性の強い中世の聖墳墓のレプリカとは大きく隔たり、さりとて9世紀以前の時代に類例はなく、極めて孤立した作例である。この研究の目的は、作品を詳細に観察・分析したうえで、聖墳墓との関連性を再検討し、この特殊な事例がなぜ成立し得た―19―
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