3.トゥールーズ=ロートレックとシェレのジャポニスム発表者:三菱一号館美術館学芸員杉山菜穂子明末清初諸家への憧憬が画家・蒐集家・批評家という広がりをもち相互に影響を与えるという状況が、紫紅存命時に既に存在したことは、近代美術研究上において特に注目すべき事実であろう。上述のような考察により、紫紅は明清画の将来と西洋美術思潮の受容の中で、その絵画表現と絵画観を日本画家に波及させ、新南画という潮流の形成を導いた存在であったことが理解される。絵画表現の展開における新南画成立の重要性は、形似・技巧の超克という造形認識が、「再現」から「表現」へという平明なだけに効果的な論理的支柱を伴って日本画家に伝播し、その造形上の規範が明清画に見出されていた点にあると言える。その初発的作例こそが紫紅の「近江八景」であった。そしてこの新南画から展開したとされる東洋美術至上論や個性主義的観点による中国画評価の淵源は、その成立の中に既に存在したのである。二人の芸術家と日本美術との接点を辿ると同時に、ポスター作品を中心に、それぞれの作例に見られるジャポニスムを検証したい。とりわけ、既に多くの研究においてジャポニスムと結び付けて論じられているロートレックとは対照的に、これまであまり言及されてこなかったシェレとジャポニスムとの関係に注目したい。はじめに、今日ほぼ散逸してしまったシェレの旧蔵品について、画家没後(1933年)に開催された売立目録の調査を実施した。また、同時代の装飾芸術家たちの庇護者でジュール・シェレ(1836-1932)とアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、共に19世紀末のポスター芸術の革新に大きな役割を果たした。この二人の芸術家について、これまでの研究においてしばしば同時に言及されることはあっても、本格的に比較検討される機会は少なかったと言える。本発表では、2010年にパリ装飾美術館他で開催された大規模なシェレの回顧展(La Belle Epoque de Jules Chéret)をはじめとする近年の研究成果を踏まえ、特に世紀末ポスターに多大な影響を与えたジャポニスムを切り口として、ロートレックとシェレの芸術を比較検討する。―21―
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