さらに、先行作例と異なる羅刹の肌の青色は、江戸期に庶民の間で普及した庚申信仰の図像に因んだ演出ではないかと考えられる。庚申信仰の本尊は青面金剛であるが、『増補仏像図彙』「庚申青面金剛」の項に描かれる青面金剛の下には「四句文刹鬼」が配されている。「青色」と記される刹鬼には「諸行無常」、「赤色」には「是生滅法」、「黒色」には「生滅滅已」、そして「肉色」には「寂滅為楽」とあるように、諸行無常偈の四句がそれぞれの刹鬼と結びついている。その挿図と構図がよく一致する金輪院旧蔵本「青面金剛像」(江戸時代)には、青色の刹鬼が雪山童子と思われる人物の髪を掴んで下げる。わざわざ意図して青色の羅刹を描いた蕭白は、庚申信仰との繋がりをも意識していたのではないだろうか。一般に美術作品はその制作当時の文化を反映するものといえようが、「雪山童子図」は複数のイメージを融合しているからこそ、なおさらにそれが顕著だともいえる。本研究を契機として、蕭白の「雪山童子図」がさらにより広いコンテキストのなかで鑑賞され、評価がなされることを願う。おかつ額には白毫が、また耳朶が環状になっているほか、上衣に蓮華文様も確認できる。一方、羅刹の腕には臂釧という仏の装身具が認められる。つまり、蕭白は童子と羅刹とを描きつつも、ダブル・イメージとして釈迦と帝釈天の姿をそこに投影したと考えられる。また、本図は玉虫厨子「施身聞偈図」と同画題を描いているが、「施身聞偈図」と「捨身飼虎図」を両側面において対比させる厨子に対して、蕭白は、それらを一図として融合させる試みをおこなっている。童子が樹枝に立つという演出は施身聞偈に由来するが、彼が上衣を脱いで樹枝に掛ける行為は捨身飼虎に因ると考えられる。そして、羅刹は施身聞偈の要素と考えるべきだが、腰に巻く虎皮と、虎を思わせる黒目の描写とを併せ考えると、蕭白がそこに虎自身のイメージをも重ね合わせたことは間違いないだろう。―23―
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