鹿島美術研究 年報第33号
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②室町時代における花鳥図制作と写生の機能について―初期狩野派「鳥類図巻」(京都国立博物館)を中心に―研究者:京都文化博物館学芸員森本研究は、日本中世の花鳥図とそのモチーフに関する写生行為の実態的な意味と機能を探ろうとするもので、そのことは古代以来、中国文化圏を中心に東アジアで広範に受容された花鳥図という主題が、日本の中世社会においていかに受容・定位され得たか、という問題と密接に関わるものと考える。様々な絵画主題にあって、花木鳥獣はその実利性・有用性ゆえに、具体的な自然観察や時代ごとの科学・学問体系と非常に直結しやすいモチーフである。しかし同時に(主に中国社会における)様々な文学的・宗教的叙述を通じてイメージ規範を獲得することで、高度に形式化の進んだ主題ともなった。中国において図像・構図や表現の形式を十分に整備した花鳥・禽獣図は、日本の中世社会においても大量に流入し、いくつかの主題については積極的に再生産が試みられたことが確認されている。実際、室町期の花鳥画の大概は何らかの形で中国絵画に図像・構図的祖形を認めることが出来るのだが、一方で中世、特に室町時代後期の花鳥表現に「写生」を通じたモチーフ学習が一程度存在し、かつ個体それ自体の観察的特徴を表現しようとする試みが想定されることは、以下の二つの点で興味深い。一つには、それが花鳥図としてあるべき所与の形式に則りつつ、現実の自然観察体験や科学的知覚とも結びつきやすいという主題のマージナルな性格を表すこと。それが確かに日本においても発現していたことを実証するという点である。少なくとも花鳥モチーフについて対観写生という観察経験、対象の個別具体的な表象化の過程が存在すること自体、花鳥図という主題形式が日本の中世社会においてある程度成熟し、高級渡来品をなぞり再生産するという枠組みを超えて、内的に昇華され、独自の表象機能を担いつつあった事情を示唆している。問題はそれが具体的にどのように発露し、利用し得たのか、また何が為し得なかったのかという構造を考究することである。二つには、これら中世の花鳥図作者たちが試みた写生行為の萌芽が、恐らく近世における様々な写生図諸本の前提を用意したことが予想される点である。本研究において近世における写生事例を詳述する余裕は必ずしもないが、その前段階、とりわけ中世後期において花鳥表現が培い得、また目指そうとした写生の文化的意義と地平を把―28―道彦

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