⑤挿画本『パリ1937』出版の背景および挿画作品に関する研究ングルはピカソが若い頃から影響を受けていた画家で、アングルは古代ギリシア陶器を収集し、それらの陶器画を描き起こして彼の芸術の源泉としていた。アングルを介してピカソの作品の中に見られる陶器画の図像があるかどうかを調べる。上記作品の《座る二人の裸婦》に描かれた右側の裸婦は、物思いにふけりながら頬杖をついて座っている。この身振りは、デューラーの有名な版画《メランコリアⅠ》(1514年)と類似しているため、メランコリーを象徴する身振りであると見てよい。また、ピカソは妻オルガの肖像画を数多く描いているが、オルガの表情はいつも陰鬱で近寄りがたく、物思いにふけっている。ピカソのクラシック時代の裸婦やオルガの肖像画に見られるメランコリーについて、伝統的な図像と比較して調査を行う。メランコリーは20世紀美術においてはアノミーとの関連が強い。アノミーはギリシア語を語源とし、社会学者デュルケームが近代に移行する過程で、それまで人間の行為を規制してきた伝統的価値や、社会的喪失の基準に従って社会の秩序が崩壊したことを論じるのに使った用語で(ブリタニカ国際大百科事典小項目事典)、個人の疎外感も示す。ピカソのクラシック時代は、第一次世界大戦後の不安定な環境で始まった。ピカソも個人的には、画商カーンワイラーの亡命や友人アポリネールの死、オルガとの結婚や息子パウロの誕生、という、喪失感と幸福感の両方を経験した時期である。メランコリーやアノミーという用語からピカソのクラシック期の作品が読解できるのではないか、との予測のもとに調査研究する。研究者:北海道立函館美術館学芸員本研究は、挿画本『パリ1937』が誕生した背景を解明すること、とりわけ出版されるに至った経緯と、出版の目的の解明を目指すものである。フランスの挿画本を取り扱ったミシェル・ヴォケールの名著『愛書趣味』において、両大戦間期に出版された多くの挿画本の中でも注目すべき一冊として紹介されており、本作品の挿画本としての重要性はすでに充分認知されていると思われる。画家・挿画家に関する個別研究の一環としてそれぞれの作品が取り上げられることはあり、それもまた本作品に関する先行研究として重視される。しかしそれだけではこの挿画本の一部しか解明できない。ヴォケールの前述書に一つの根拠を認めるならば、挿画―32―柳沢弥生
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