筆者もまた、これまでの調査から、個別作例の考察は進んでいるものの、ピエモンテゴシック建築の通史と言えるような考察、またゴシック建築全体の中にピエモンテゴシック建築の様式を位置付けるような美術史学的・様式論的考察は殆ど行われていないと考えている。一般に知られるように、ゴシック建築の様式はアルプス以北と以南では大きく異なる。アルプス以北のゴシック建築は、特に重要と言えるファサードの造形に特に現れているように、ファサード両端に鐘楼を備えるなど、不安定ではあるが、力強く上昇するかの如き印象を与える。一方、アルプス以南に位置するイタリアのゴシック建築には、切妻型のファサードが多い。尖頭アーチなどの個々の建築要素はゴシック特有のものとはいえ、その土台となるファサード壁面自体は簡素で調和ある安定感を感じさせる。また多くの場合、正三角形に近いほぼ鈍角のギーベルが多く、中央に一つのみ配される例が多い。フィレンツェ大聖堂には鋭角のギーベルが見られるが、ファサードではなく南扉口に設けられている。シエナ大聖堂のファサードには、例外的に三つのギーベルが並ぶが、ギーベルはやはり鈍角に近い。アルプス以南では、アルプス以北に比べて、上方へと引き伸ばされた不安定な印象を与える造形は好まれず、極端に鋭角のギーベルもまた好まれなかったのである。しかしながら興味深いことに、アルプスの麓、南北の造形文化が交差するピエモンテ地方では、アルプス以北以上に鋭角のギーベルがファサード装飾に用いられ、またそれが中央に一つのみ配されることによって、南北共に見られない独特の建築様式を形成しているのである。また、型押し煉瓦を用いたファサード装飾は、ピエモンテにおいて最も花開いたと言える。本研究は、これまで十分な考察がなされてこなかったピエモンテゴシック建築について、代表作例を集め、様式論的な考察を行うものである。代表作例の造形的特徴は年代に従って記述され、その変遷が具体的に提示される。このことにより、ゴシック建築研究において、ピエモンテゴシック建築の重要性を改めて提示することになる。また、相反するものとして理解されてきた、二つの造形上の志向―北方様式と南方様式―が、地理上においてぶつかる時、そこでは何が起こるのだろうか。様式論的関心と地理学的関心が相見える本研究は、様式論一般に対しても一石を投じるものとなるだろう。本研究は、美術史学領域を超えて、地域研究としてのアルプス研究においても価値あるものと言える。昨年日本では、歴史学者を中心としたアルプス史研究会が立ち上げられ、筆者もこれに参加している。今後、日本におけるアルプス地域へ―40―
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