などでも既に指摘されているところではあるが、ケルトの貨幣は、模倣のもととなったオリジナルが明確であることから、ケルト人がギリシアやローマの図像様式をどのように受容し、消化し、独自の様式へと昇華させていったのか、という過程を、他の領域よりも詳細に辿ることが出来る。そして、この過程にはケルト美術を特徴づけている重要な要因があると推察される。そこで、本研究ではこの点に焦点を当てることにより、古代のケルト人がギリシア・ローマのモチーフをどのように独自の様式に変容させていったのか、その具体的な過程を明らかにするとともに、他の図像史料とも比較しながらケルト美術の特徴について考察することを試みる。図像学的な研究はケルトの貨幣学の中でも特に研究の遅れている分野であり、管見の限り、貨幣の図像をレリーフや彩色土器など、他の図像史料と比較し、より大きな文脈から考察を試みた研究は存在しない。従って、この点で本研究は学界に対し、寄与するところが大きいであろう。②ケルトイベリア文化研究への貢献スペインのケルト人はケルトイベリア人と呼ばれるが、従来のケルト研究では、この地域は特殊な地域として忌避される傾向があり、ケルトイベリアの文化や歴史の研究は、ガリアなど他の地域のケルト人に比べて立ち遅れている。例えば、ケルト美術研究の泰斗ヤーコプシュタールはその著『ケルト美術』の冒頭で、スペインのケルト美術は「特殊」であるため研究対象から除外する旨を述べている。その特異性がどのようなものなのか具体的に明示されていないが、土着のイベリア美術の影響に加え、カルタゴ、ギリシア、ローマなど様々な文化の流入により形成されたケルトイベリア美術の独自性がその理由であろうと推察される。しかし、このような研究状況は近年変わりつつあり、次第にケルトイベリアの重要性が明らかとなってきている。本研究では、スペイン出土のケルト貨幣を調査研究することにより、ケルトイベリア美術における他文化からの影響を詳細に跡づける具体例を提供するとともに、従来特殊と切り捨てられてきたケルトイベリア美術の特徴の解明や、ケルト美術の中でのケルトイベリア美術の位置づけ、といった問題に対しても大きく貢献することが出来るであろう。―46―
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