オルタの家具を中心に扱った先行研究は少なく、それらをまとめたカタログも存在しない。アドリアエンセンやモリトル=ウィルモットは《オーベック邸》《ドプシー邸》などの邸宅のために、オルタが椅子やテーブルなどどのような家具を制作したかを調査している。邸宅を限定せず、オルタの室内装飾全体を扱ったものとしては、ボルシとポルトゲージによる研究書 Victor Horta(1991年)やオーブリーのMusée Horta. Bruxelles Saint-Gilles(1990年)の中にまとまった記述がある。これらには興味深い指摘が見られるものの、大部分はオルタがどの建築作品のために家具を設計したかといった事実関係のまとめと彼の発言の引用に留まっており、室内装飾のデザインに対する思想を詳細に検討するものではない。本研究では、まず現地調査を通して家具のリストを作成し、その特徴や全体像を提示する。オルタは当時の家具を商業的だと見なし、室内装飾の設計方針について、「忘れ去られていたものに回帰し、形や素材の組合せに新しさを求めた」と述べている。過去への回帰の姿勢は、様式家具を扱ったウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュクの『フランス家具精解辞典カロリング朝からルネサンスまで』(原題:Dictionnaire raisonné du mobilier française de l'époque carlovingienne à la Renaissance, 1872-1875年)に影響を受けたという。そこで、『フランス家具精解辞典』からその着想源を探るとともに、伝統的な家具とオルタの家具を比較して、形や素材の組合せにおけるオルタの創意工夫を明らかにする。例えば、ゴシックの家具には建築要素が装飾の一部として組み込まれる特徴があり、収納家具には柱や柱頭が使われていることが、『フランス家具精解辞典』のなかで図版入りで紹介されている。オルタが制作した食器棚でも柱が装飾に使用されており、それは植物の茎のような新しい形で表現されている。この柱はオルタが設計した建築の円柱や建具に使われた同じモティーフと互いに呼応し、調和した空間が生まれている。このほか本研究では、家具制作の技術や素材の調査、アンリ・ヴァン・ド・ヴェルドやエクトール・ギマールなど同時代の芸術家が手がけた家具と比較しながら、オルタの室内装飾のデザインに対する思想やその歴史上の位置づけを検討したい。オルタの建築の特徴はプランと装飾にあるが、オルタの装飾に対する思想は十分に研究されていると言いがたい。手間を惜しまず制作された家具について考えることは、オルタの建築のなかで装飾が果たした役割を読み解くために重要である。また、オルタは鉄のような新しい素材を建築に積極的に導入したため、一般的には革新的な―49―
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