⑳抽象表現主義の版画制作認知を損ねた典型例であるとも言え、その調査を通して、長山の画業の全体像を明確にし、映丘門下としての位置、社会的立場の変遷といった諸問題を考察することは、広く近代における女流画家活動の総体の把握の一助となると共に、その新たなる側面を明らかにし、さらに今後展開されていくであろう近代女流画家研究の裾野を広げ、その道筋の一つを整備するものとして、意義のあるものと考える。現在、長山はくの作品の多くは、遺族により郷里茨城県日立市に開設された私設の記念館に保管されているが、地域での本格的研究への取り組みは、充分とは言えない。本研究により、長山の再評価が進み、その作品に対しての認知が高まることで、保存を続ける遺族の活動をはじめ、地方、地域の美術史研究、保存活動に対する寄与がなされることを期待したい。研究者:東京藝術大学大学院専門研究員、国立新美術館研究補佐員 これまで筆者は、1940年代における抽象表現主義の画家たちの初期作品について、シュルレアリスムの絵画技法や主題、思想の受容とそれらの変容という観点から研究を行ってきた。その一環として、1930年代のパリと1940年代のニューヨークで運営された版画工房アトリエ17において、工房の主宰者スタンリー・ウィリアム・ヘイターがシュルレアリスムの画家たちと共にオートマティスムやフロッタージュといったシュルレアリスムの絵画技法を版画に応用する実験を行ったことを調査し、シュルレアリスムの理論と技法が如何に彼らの版画作品に用いられたのかを分析した。このアトリエ17についての調査は雑誌論文として纏められている。多くの抽象表現主義の画家たちも1940年代にアトリエ17で版画制作を体験し、シュルレアリスムの版画技法に触れているため、これまでの調査を踏まえて、ニューヨークの画家たちの版画制作についてのより詳細な調査と作品分析を行うことが現在の課題である。抽象表現主義の画家たちは一種の手本としてシュルレアリスムを学びながらも、常に批判的な視点を保持し、それを乗り越える意欲を表明していた。アトリエ17はそのような彼らにシュルレアリスムの制作現場に触れる貴重な機会と、それを乗り越えるきっかけの一つを与えた。シュルレアリスムの中心的作家が物語的、個人的な主題を―54―武笠由以子
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