鹿島美術研究 年報第33号
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表現することに強い関心を寄せたのとは異なり、ヘイターはオートマティスムの技法的、造形的側面により強い関心をもっており、彼独自のオートマティスムの考えとその版画技法への応用例をアメリカの画家たちが学んだことは重要であった。ウィレム・デ・クーニングは大胆な筆の動きを示す作品を、製版やプリントという複数の工程と長い時間を必要とするリトグラフで制作し、作品の印象と実際の制作過程との矛盾を表し、また彼の作品に指摘されてきた即時性や直接性という解釈への反抗を示している。また、ニューマンが巨大な油彩画に用いたジップ絵画の構図を小ぶりなリトグラフに応用する例には、彼自身の絵画への内省とそれを刷新しようという意図が示されている。このような版画作品を造形面から油彩画と比較・分析し、また刷り師や他の作家たちとの交流を考察することで、これらの画家たちが行った実験的な試みへの理解を深めることができる。この版画の研究は、戦後アメリカ美術を代表する抽象表現主義の確立に至る経緯と、美術史上の確固たる評価を得た後の抽象表現主義の更なる展開についての新しい知見を提供するものとして重要な価値を有するものである。1940年代に自身のスタジオで多くの銅版画を制作したゴットリーブもシュルレアリスム絵画の手法や主題を取り入れ、古代の絵文字を連想させるモチーフをエッチングに刻むことで、シュルレアリスムの原始美術への関心に新たな解釈を加えている。このことは、シュルレアリスムと抽象表現主義との関係における版画の重要性を示している。1940年代の抽象表現主義の画家たちによる版画制作の研究には、彼らがシュルレアリスムを学び、それを超克して新しい独自の芸術を確立した経緯についてより深い理解を導くという意義がある。1960年代前半、10年以上にわたって各作家固有の絵画様式に基づいた作品を制作していた抽象表現主義の画家たちは、それまで顧みなかった版画制作への関心を見せ始める。そこには版画制作をより身近にした環境の変化に加えて、ロバート・ラウシェンバーグによる新聞や雑誌の写真を組み合わせたシルクスクリーンなど若い世代の芸術への関心が反映されている。彼らの版画には新しい芸術動向を取り込み、彼ら自身の芸術を刷新する試みが見られる。―55―

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