新興写真における肖像写真の様式および言説に対して海外の作品が与えた影響についてう問いに対して、版画からの遠隔的受容の可能性を提示し、ラ・トゥールの画風形成に関して新知見を提示することである。また、前述したとおり、本研究によって導き出される知見は、カラヴァッジスム研究にも無関係ではない。現在流布しているカラヴァッジスムそのものを再考するには、より長期的な研究計画が必要である。筆者はラ・トゥールのカラヴァッジスム受容の程度を精査することで、現在あまりにも単純で大まかに解釈しすぎた憾みのあるカラヴァッジスムに関して再検討を図る上での嚆矢となればと考える。また、ラ・トゥール以外の画家についても、現在容認されているカラヴァッジスムの介入の程度について再吟味の必要があることを確信する。ラ・トゥールに限らず、照明装置を伴った夜景画に関しては、カラヴァッジョ自身が始めた様式ではなく、また、カラヴァッジョ以前にもいくつかの作例が存在するため、慎重に扱われるべきである。したがって、将来的には筆者が獲得したラ・トゥールのカラヴァッジスム受容に関する知見が、他の画家においても当てはまるか検討し、地域、年代によるカラヴァッジスムの細分化を図ることも視野に入れている。研究者:新潟大学人文学部准教授本研究が目指すのは、1930年代の日本写真史において、欧米から紹介された作品が肖像写真の様式と概念をどのように変化させたのかを明らかにすることである。日本の新興写真に対して、欧米、とりわけドイツのモダニズム写真が大きな影響を与えたことはよく知られている。だが、その影響関係の実態については十分に明らかになっているとは言い難い。例えば、それが表面的な模倣に過ぎないのか、そこから日本独特の表現が生み出されたのか、そして、独創性があったとしたらそれはどのような点に見出されるのか、といった問題については、日本写真史研究にとっての今後の重要な課題であると言える。また、これまでの新興写真研究の大部分は特定の写真家または雑誌に焦点を当てたものであり、従来の作家主義的な美術史の方法論を援用したものであった。しかし近年の国際的な写真史研究は、美術史以外の学問分野の視点を取り入れ、さらには芸術写真の枠組みには収まらない「ヴァナキュラー写真」も考慮に入れることで、作家主義的な芸術写真史の限界を越えようと試みている。日本の新興―57―甲斐義明
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