年)らによる近年の研究により、祭壇画を中心に、造形表現、主題の意味内容、作品の機能などを緊密に結びつけながら、観者の視覚体験を誘導・演出した画家の取り組みが徐々に明らかにされている。本研究の意義は、この新しい研究方法を、一点の絵画作品に留まらず、コレッジョ芸術の本質と関わる聖堂建築と一体となった絵画装飾へと援用する点にある。とくに、パルマ大聖堂の天井画に関しては、これまで、コレッジョ自身の作品やラファエッロをはじめ他の画家からの造形語彙や手法の借用関係が指摘されてきたが、それらが新たなコンテクストの下で、いかに主題の意味内容や宗教空間に合致した典礼上の機能を考慮して援用されたのか、当時の状況全体を通観する展望のもとでの考察がなされていない。また、ドームの真下という一点に限り観者の体験が論じられているが(シアマン 1980年)、本作品は視点の移動に伴って眺望が変化するため(スミス 1997年)、その距離と連動してもたらされる観者への演出効果をさらに深く跡付ける必要がある。「天上/地上」、「神的存在/人間」、「不可視性/可視性」、「絵画空間/現実空間」の対立項を結ぶためにコレッジョが絵画作品で用いた構図、人物像の視線や身振り、光線、雲のモティーフ、色彩、明暗表現、彩色法などの造形語彙・手法・様式的差異が、大聖堂の天井画においていかに用いられたかを明らかにし、宗教建築に適した機能との相互関係において観者の視覚経験を成り立たせようとした画家の試みを照らし出すことにより、主にバロック芸術との関係で様式論の中で取り上げられる傾向にあった本作品の新たな側面に光を当てる。本研究は、大聖堂の天井画を、コレッジョの1520年代の祈念画・祭壇画、対作品形式を取る神話画などの絵画作品と関連づけながら、距離に応じて変化する眺望と、それと連動してもたらされる観者への演出効果を跡付けていくという点で、従来にはない試みであり、空間的機能と建築的特性を緊密に結びつけた画家の取り組みと創意に関する理解を提示することを目的としている。次年度以降の研究においては、本研究により明らかとなる当時のコレッジョの志向性と結びつけながら、大聖堂の天井画において画家が選択・使用した造形的手法の意図を、「聖母被昇天」という主題選択・意味内容を勘案しながら考察し、従来の図像解釈の精緻化を試みるとともに、画家と深い関係にあったカッシーノ会の神学を視野に入れた作品解釈を行う予定である。大聖堂の天井画という建築装飾を対象に、これまでの単線的な様式観ではなく、コレッジョが以前使用した様式や祭壇画や対作品で試みた手法を動員し、受容する観者層や宗教的機能に応じてそれらを使い分けたことを検証しようと試みる本研究により、―62―
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