キジル石窟壁画における仏伝図の画題比定1520年代半ばに彼が多用した手法と祭壇画や祈念画の機能との結びつきを明らかにした近年の研究(スウィッツァー2012年、他)に、新たな視点を加えることが可能となる。また、以上の考察を、現在までに取り扱った1520年代前半の代表作サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂の天井画に関する研究成果と総合し、1520-30年におけるコレッジョの芸術を捉えるための新たな参照枠として提示することを目指した筆者の研究は、16世紀前半のイタリア絵画史における彼の従来の位置づけの再考を促すことに貢献する。研究者:秋田公立美術大学准教授本研究はキジル石窟の仏伝図壁画について画題比定を試み、図像粉本や依拠経典などを明らかにすると共に窟全体の性格を読み解く端緒を作るのが目的である。一般に仏伝図といえば、誕生から涅槃に至る釈迦の生涯を順に描いていくものであるが、キジル壁画のそれは多くの場合、成道後の衆生教化譚ばかりを順不同に配列したものとなっている。そのため窟内には似通った構図の仏説法図がいくつも並ぶ格好となり、個々の場面は、仏を供養する人物の姿や傍らに描かれた因縁の描写などで暗示的に表される。西域壁画の研究において、こうした仏伝図の解釈はことのほか重要といえる。衆生教化エピソードだけを描く仏伝図は、釈迦の生涯というより、むしろその事績を顕彰する意図であると考えられ、そこに西域仏教の独特な姿が見えてこよう。具体的な画題が判明すれば、依拠教典の別や主流をなした思想など、西域仏教の実態に迫る様々な事実が明らかになるはずである。仏伝図はガンダーラや敦煌など隣接地域の作例と比較しやすく、同時に西域の仏伝図に関する知見は、インドからの仏教伝播の実態や中国の仏教美術に及ぼした具体的な影響など、東西双方の美術史に対して大きな貢献となろう。西域美術は漠然と両者の橋渡しのようにいわれているが、これまで明確にされていなかった西域文化の位置付けが具体的な像を結ぶことが期待されるのである。仏教美術史全体の中でも西域美術は特に重要な意義を持っており、一帯の仏教遺跡はユネスコ世界遺産にも認定された。西域美術に対する本質的な理解の必要性は学術界のみならず、広い範囲で求められているといえよう。本研究は壁画の画題比定を目―63―井上豪
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