アジア近代美術形成期におけるオランダの影響《中世六道絵作例の問題》同じく鎌倉後期作画と思われる禅林寺蔵十界図や聖衆来迎寺蔵六道絵など、極楽寺本と六道の主題が重なる作例を語ることもまた不可欠である。いずれも六道世界を描いているが、結果として異なる表象となり、個々の根底にある信仰や思想の差異を映し出している。これら他作例との比較により、極楽寺本の主題の個別性を浮き彫りにするのみならず、延いては鎌倉後期の六道信仰絵画展開の解明に寄与できると考える。研究者:福岡アジア美術館学芸員本研究の目的は、アジア諸国以外に残されたアジアの近代美術作品や関連資料等を発掘し、近代美術形成の全体像を多角的に吟味することにある。東アジアにくらべ、東南アジアや南アジアでは、美術館や博物館のような公的施設がまだ十分に整備されていないため、重要な美術作品や関連資料の保存・整理が遅れ、結果として現地での調査が思うように進展しない。そのため、アジア以外の地域、とくに当時の宗主国であった欧米諸国における植民地期の美術資料調査は、アジアでの現地調査を補完するだけでなく、アジア近代美術の形成を、17世紀以降のグローバル化された美術・文化状況のなかで考察する上で必要不可欠になってくる。本研究活動は、そうした欧米諸国のなかでも、インドネシアや日本との関係において無視できない役割を担ったオランダを中心に行うものである。なかでも国立世界文化博物館(熱帯博物館・国立民族学博物館・アフリカ博物館の連合体)が所蔵する世界最大規模のインドネシア・コレクションは重点研究課題である。また、日本(国立民族学博物館のシーボルト・コレクション)、インドを含むアジア全域の美術資料にも可能なかぎり目配せすることで、各地における近代美術形成の共通項を探りたい。具体的には「ムーイ・インディ(美しい東インド)」と呼ばれる異国情緒あふれる風景画や、インドネシア人を描いた風俗画、展示風景を記録した写真資料等から調査を始めたいが、それはこうした絵画作品や資料が、植民地期における近代美術の形成を、オランダとインドネシアの双方向の視点から研究するのに最適であるからだ。調査が進展すれば、さらに両国で歴史的な役割をになった画家の個別研究を行うこと―84―中尾智路
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