ネパール近代美術の基礎的研究より、カラヴァッジェスキにおけるカラヴァジズムからの脱却という美術史的に重要なテーマに対して、新たな考察を付け加えることを試みる点に本研究の意義がある。さらに、ここで取り上げる17世紀ナポリ絵画とトスカーナ絵画の研究は、いまだ発展の途上にあり、アルテミジア・ジェンティレスキという画家の活動を通じてこの2地域の芸術伝統を取り上げ、それらの相互作用を見直すという点でも行う価値のある研究であると言える。構想本研究では、アルテミジアの晩年の活動と彼女の出自の関連を考察する。アルテミジアは、ピサ生まれの父を持ち、一時トスカーナ大公国の首都フィレンツェで活動した。近年、伝記研究の観点から、アルテミジアの後世の評価に関して、フィレンツェやピサにおけるトスカーナの人脈が大きな役割を果たしたことが指摘されている(Locker 2015)。これに対して、17世紀ナポリにおけるトスカーナ出身の画家の活動や、フィレンツェ人コミュニティの存在はこれまでも知られてきたが、彼らとアルテミジアの関係は、必ずしも明らかにされてこなかった。そこで、本研究ではナポリにおけるトスカーナの人脈を考慮しながら、アルテミジアのナポリ時代を「トスカーナ性」の観点から考察していく。具体的には、まずアルテミジアの後期の作風と、トスカーナ絵画の伝統をひく父オラツィオ・ジェンティレスキの画風の比較を行い、さらに16世紀以降ナポリで活動したトスカーナ系の画家の系譜および作品との影響関係についても考察する。また、作品調査と並行して、アーカイヴ等で資料収集も行い、ナポリに存在したフィレンツェ人コミュニティおよび、ナポリ時代におけるトスカーナ系のパトロンと画家の関係を調査する。こうした調査によって、ナポリとフィレンツェという2都市間の芸術的交流を明らかにすると共に、「トスカーナ性」という観点から、カラヴァジズムを脱却していくアルテミジア・ジェンティレスキの晩年の画業について、新たな側面を提示する。研 究 者:福岡アジア美術館 学芸員 山 木 裕 子アジアの多くの国では、美術史研究の対象は近代以前の作品までで、近代以降の美― 86 ―
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