鹿島美術研究 年報第34号
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De Wald, The Illustrations in the Manuscripts of the Septuagint, III, Psalms and Odes, Part 2: Vaticanus Graecus 752, Princeton, 1942)と論文が1点ずつしか出版されていない。神学註解の研究が進んでいないことが要因のひとつに挙げられる。が増えている。クワイアや顔料の状態などを観察するためには勿論、美術史学の研究において実見調査は不可欠だが、残念ながら今後一層閲覧制限は厳しくなっていくことが予想できる。今後の諸研究の発展のためにも、完全にデジタル化が達成される前に、オリジナル写本の実見調査を極力行ってデータの蓄積をしておく必要がある。構想と意義全頁大挿絵を持つ詩篇写本では、挿絵が描かれる場所は限定されており、特有の挿絵を持つ数写本を除いては、第何葉に何が描かれているかがカタログに記述されるに留まっている。近年目立った進展のないこれらの作例を分析するため、挿絵形式が異なるために併せて論じられてこなかった写本群を比較検討する。アメリカ、ダンバートン・オークス研究所所蔵3番(以下3番)と、前出752番、及びフランス国立図書館74番(以下74番)を中心に実見調査を行い、美術史学の立場から詳細に分析する。詩篇本文の作者とされているダヴィデの肖像が多く見られるため、彼の身振りや配置の示す意味を探りつつ、神学註解との関係にも着目して、各写本の挿絵を描く法則を見出すことを試みる。全頁大挿絵において肖像以上の意味を持たないように見える図像でも、本文近くに挿絵を散りばめた余白挿絵の同テキスト対応箇所や、多様な図像を持つ四福音書との比較を通して、解釈の幅が広がる可能性が考えられる。1084年頃に制作された3番は近年デジタル・ファクシミリが出版され(“Digital Facsimile of Dumbarton Oaks ms 3, bz.1962.35,” Manuscripts in the Byzantine Collection, Dumbarton Oaks Research Library and Collection, 2015)、363葉に詩篇と四福音書を収録する。全頁大挿絵を持つ写本の中に含まれるが多彩なイニシャル装飾も有している。74番は11世紀後半に制作された四福音書であるが、本文の間にフリーズ状の挿絵を挟み込んで、逐語的と言えるほど多くの図像を収録しており、テキストの絵画化という問題を考えるうえでも極めて重要な写本であるが、あまりに挿絵数が多く本文に沿っているためか、モノグラフは未出版である。752番は、1059年に書かれた写本だが、本文とほぼ同量の神学者の註解が各テキストに添えられ、本文と直接関わりのない挿絵が491葉に亘って施されている。同写本は所蔵館でも貴重書に指定されているにも拘らず、美術史学研究ではカタログ(E. T. ― 42 ―

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