⑯ サン・ボネ・ル・シャトー参事会聖堂壁画についての様式研究研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士課程、 ストラスブール大学大学院 美術史研究所 博士課程 筆者はこれまでに、サン・ボネ・ル・シャトー参事会聖堂壁画(1400年以降)の修復保存状況を調査し、後世の加筆箇所と区別しオリジナルの部位を明らかにする作業を行った。また「天使の奏楽」を中心とする図像プログラムを分析することにより、寄進者と寄進理由の特定を試みた。本助成期間においては、制作年代と画家の特定を目的とした様式研究を行う。サン・ボネ壁画の様式については『ベリー公のいとも豪華なる時禱書』「聖母戴冠」(1411-16)との共通点が先行研究により指摘される。ブルボン公の息子ジャン一世とマリー・ド・ベリーの婚姻関係からも、サン・ボネ画家がベリー公の工房より迎えられた者との推測は可能である。しかし筆者は、トレチェント絵画からのモチーフ、構図の引用や同時代のサヴォワ公国の画家との様式的共通点を見出しており、北イタリアに生まれ、後に北方の写本工房にて画法を身につけた画家であると考える。例えば「磔刑」場面を観察するのであれば、伝統的なイタリア由来の大構図を使用するのみならず、キリストの身体表現について、肉付き、腰布、表情、首の曲げ方に、ジョットにより完成され、後のフィレンツェ派絵画に受け継がれた典型的形式が採用されていることが分る。またユダヤ人とローマ軍の百人隊長の姿形においてアルティキエーロ・ダ・ゼヴィオによるサン・ジョルジョ礼拝堂(パドヴァ)(1379-84)の磔刑図からの引用が行われている。悪を象徴するドラゴンを付した旗の表現は、アメデーオ八世に仕えたジャコモ・ジャケリオによるランヴェルソ、サンタントニオ修道院壁画「ゴルゴタの丘」(1415-35)と共通するのみならず、ジャケリオ作品とサン・ボネ壁画には人物の姿勢や顔、衣装のデザイン、衣の襞の表現や絵の具の選択などにも共通点が見られ、両者の間には直接的な影響関係が窺われる。とりわけ天蓋部一面に描き出された「天使の奏楽」は、ジャケリオによるジュネーヴ大聖堂マカベ礼拝堂に描かれた同主題作品(1415頃)と興味深い一致が認められる。様式においては、体の形状を覆い隠す襞の表現において共通し、図像構成においては、奏楽天使と特定の人物を指示する象徴図案を組み合わせる手法において類似す― 56 ―勝 谷 祐 子
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