鹿島美術研究 年報第34号
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 金銅菩薩半跏思惟像の制作技法に関する実験的研究年以降の彫刻家の成熟期に関する研究は、極めて限られている。本研究が考察対象とする「ヘラクレス連作」に関連する泉はデ・ロッシにとって、このフィレンツェ時代に従事した最大の委嘱であると同時に、エフェメラルな祝祭装飾と大理石の紋章制作を除いて、唯一の彫像制作となった。それゆえこの泉の研究は、デ・ロッシの研究史ひいてはフィレンツェにおけるマニエリスム彫刻の黎明期の状況を明らかにする上で、重要な寄与となるだろう。次に、本研究で主軸として扱う、泉の構想を示す2点の大型素描は、同時代の泉の研究のみならずデ・ロッシの造形様式を明らかにする上でも極めて重要な一次史料であるにも関わらず、先行研究以降、これらは研究史の上で考察の対象外に置かれてきた。したがって本研究において、両素描の一次史料としての価値を再評価し、その精査に取り組む点に意義がある。「ヘラクレスの12功業の泉」については、これまでに先行研究のなかで言及され、2011年にはニューヨークにて初めて展覧会で公開されたが、「ヘラクレスとケルベロスの泉」の素描については、D.ハイカンプによって提示されて以降、一切の情報を欠いている状態にある。この状況を踏まえた上で、本研究は、この素描について初めて綿密な考察を行うものであり、その意味で先駆的な研究となることが見込まれる。研 究 者:東京大学総合研究博物館 小石川分館 特任研究員  永 井 慧 彦法隆寺献納宝物の内N163号およびN164号菩薩半跏思惟像を基に金銅仏の再現鋳造を行なう本研究は、制作技法から、作例の考察を行なうものである。この二像は、法隆寺金堂壁画と様式の近似が指摘され、制作年代は法隆寺再建期とされる。他の作例と比較すると、二像の衣文の形式は7世紀前半・後半の作例とも共通するため、二像は7世紀の中でも比較的新様を示すと考えられる。また、7世紀末~8世紀初頭で制作年代が定まらないものの、同時代を代表する作例である金堂壁画や、同じく法隆寺献納宝物の金銅仏内に二像と共通する様式、内部の構造を持つ作例があり、二像が政治・文化の中心に近い環境で制作されたことは間違いないだろう。先行研究は、図版や調書の解説・調査報告に留まり、二像を中心に取り扱う論文はない。特に制作に関しては、同一工房や同一制作者が指摘され、また、酷似する外形と内― 69 ―

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