鹿島美術研究 年報第35号
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国立ゴブラン製作所制作、連作「フランスの諸地域と諸都市」―タピスリーによるフランス国土の表象―研究者:東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程学術的背景・構想ギュスターヴ・ジェフロワ所長時代(1908~26年)のゴブラン製作所に関するこれまでの研究では、モネやルドンといった生前からすでに社会的名声がある程度確立していた画家の絵画作品を翻案したタピスリーにのみ着目し、ジェフロワがより意欲的に企画した連作「フランスの諸地域と諸都市」に関しては、下絵作家の知名度の低さや様式的多様性など、様々な要素を原因として、包括的な研究が未だなされていない。そもそも、19~20世紀のフランスのタピスリー研究は、絵画における様式的展開との関係から、「近代化」「造形的な革新性」といった視点が評価軸として重視されてきた為、1930年代以降の作品に研究が集中しているのが現状である。従って、第一次大戦期の製作所やジェフロワの活動についての研究に関しては、手付かずのまま残されている部分が多く、その美術史的意義の検討も不十分である。また一方で、すでにいくつかの博士論文が提出されているジェフロワ研究の観点からみても、晩年の美術行政官時代の業績については看過されている。筆者はこれまで、モネ晩年の「睡蓮」連作とクレマンソーの関与によるその国家寄贈という事例を通じ、20世紀初頭のフランスのオフィシャルな美術史形成について考察してきた。そうした美術作品の「公認」の過程で重要な役割を果たした美術批評家が、美術行政官としての実務的な権限を持って実行したゴブランでの業績を研究対象とすることは、ナショナリズムが高まり、各国がそのアイデンティティを美術作品を通じて視覚化しようと模索する20世紀初頭における、「公式の」フランス美術史形成の一事例として、研究の価値があると考える。ジェフロワの所長時代には、100点以上におよぶタピスリー作品が制作されたが、ごく限られた一部の作品の個別研究にとどまっている現状を鑑み、まず、ジェフロワが関与した全作品の編年的な整理、作品の主題・造形・制作意図等に基づく分類を通じて全体像を把握した上で、本研究では、特にジェフロワが意欲的に取り組み、全作品の中で2番目のグループに位置付けられる連作「フランスの諸地域と諸都市」を調査対象とする。全作品の基本的情報と概要の把握、および連作の第1点目であるヴィレットに基づく《パリ万歳》については、すでに調査が完了している為、本研究では―86―岡坂桜子

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