鹿島美術研究 年報第35号
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再考―日本絵画史におけるその意義―」においては、白描図像と絵巻物の関係を再考する発表がなされ、佐竹本「三十六歌仙絵」の従来の制作年代をさらに下らせるという新たな知見が示された。また、同年3月に東京文化財研究所で行なわれた研究会「遊行上人縁起絵の諸相」では、室町時代の制作と考えられてきた「遊行上人縁起絵」の諸本が、詞書や画風を再検討した結果、南北朝時代の制作になるという刺激的な議論が提示された。また、同年4月からサントリー美術館において開催された「絵巻マニア列伝」は、近年の研究成果を強く反映して、貴顕が鑑賞した絵巻物に特化して展示を構成するという意欲的な展覧会であった。このように、近年の絵巻物研究の成果は目覚ましいものがあるが、筆者は未だ以下の重要な課題が残されていると考える。①上記のシンポジウムなどで研究の対象となってきた絵巻は、著名な絵師や工房によって制作された絵巻物や、公家や武家の有力者によって制作されたことが明らかな絵巻など、その制作背景の一端がうかがえる絵巻が多く、双方ともに不明な絵巻は、研究の余地を多く残している。②寺社の由緒を描いた縁起絵巻や高僧の伝記を描いた高僧絵伝、あるいは『源氏物語』や『伊勢物語』といった王朝物語のカノンを題材とした絵巻物の研究に比して、中世に執筆された物語を題材とした絵巻物の研究業績はいまだ乏しく、今後調査研究を蓄積していく必要がある。近年の研究成果とその手法に学びながら、今後絵巻研究をさらに発展させていくためにも、上記課題への取り組みが求められる。本研究で取り上げる「秋夜長物語絵巻」も、制作背景・絵師ともに不明な絵巻であるため、本絵巻の研究を深化させることで、中世における絵巻物制作の場をより俯瞰的に捉えることが可能になろう。筆者は以前から、①・②の課題に取り組むべく、香川・金刀比羅宮所蔵「なよ竹物語絵巻」(鎌倉時代末期)と、「足引絵」の研究を行なってきたが、両絵巻の研究過程で培った研究手法と得られた成果は「秋夜長物語絵巻」研究においても有効であると考える。さらに、研究会「遊行上人縁起絵の諸相」でも問題提起されたように、これまで画風から室町時代制作と見做されてきた絵巻物の一部が、南北朝時代制作であることが判明した以上、南北朝絵巻の研究自体が大幅に見直されるべき時が来ていると言える。本研究は、その点においても大いに寄与するものと考えられる。「秋夜長物語絵巻」の詞書、すなわち『秋夜長物語』の研究は、文学研究において研究の蓄積があり、執筆者や享受層、また物語の解釈についても様々な知見が提示さ―88―

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