鹿島美術研究 年報第35号
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④ こうした刺繍の宗教空間における役割は、光輝く祭服を単なる装飾美ではなく、「奉仕と崇拝」を表すために、聖職者が身体に纏った意義が注目される。薄暗い大聖堂や寺院での儀式やミサの中、蝋燭の炎に燦爛と輝く祭服の想像を超えた豊かな表現に、霊的なインスピレーションや奇跡、希望の光を見出し、磔刑のシーンには、神の警告を受け取った。こうした「信仰心」を反映する「光のステッチ」の分析が必要である。⑤ 英国刺繍の高度な技法と、神聖な空間における「奉仕」の精神は、具体的な技法の熟練によって探求された。熟練した「繍匠」はロンドン市内のセントポール大聖堂の裏側にある界隈に、専門的な刺繍工房を持っており、一般的に見習い職人の男女は、男性の繍匠が技術を指導し、7年の修業をすることになっていた。修道女や修道士も制作をしていた可能性がある。中世から近代への作品の主題、発祥地、年代、保管場所、制作者、オブジェクトの種類、歴史的背景(宗教性)、サイズ、素材、技法など、既存のデータベースを参考に、データの裏付けを行い、考察を試みる。なると、花柄や流線なども表現した。また、「シェイデッド・ゴールド」では、金糸を止めつける糸の密度を変えることで、陰影を表すことが出来、衣服を描く時などにも使用された。刺繍は劣化しやすい性質上、古くなったものは破棄され、金銀の素材を糸から回収する為に残りは焼却されたため、現存の作品は大変貴重で、リフォームによって、祭服や祭壇、聖書や写本に応用された他、棺の覆い布から、上祭服に作り直されたことを見逃すことは出来ない。下記、3点に関しては、聖書からのシーンが、ゴシック建築の装飾的様式にみられるアーチに囲まれデザインされている。また、麻布の背景全面に地文様が「アンダーサイド・カウチング」で施され、人物は「スプリット・ステッチ」で表情豊かにステッチされている。デザインや色や技法に関しても、特に検証の価値があると思われる。①「ピエンツァ・コープ」「司教区博物館」蔵 聖母マリアの生涯のシーンとキリスト教伝道者、葉、マスク、馬や羊、鳥など、聖人たちが豊富に刺繍されている。現存する「オーバス・アングリカナム」の作品の中で、一番保存状態がよかったものとされる。教皇ピウス2世からピエンツァ大聖堂に寄贈された。―99―

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