鹿島美術研究 年報第35号
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ィエに代わってピカソの伴侶となったエヴァが癌を発症した1913年から、この世を去った15年末か翌年までの間に制作された。ピカソの活動からみると、意味内容や物語性を排除して、静物や人物を造形的な対象物として選択配置する分析的キュビスムから離れ、再び絵画に意味内容や物語的な要素を取り込み始める総合的キュビスムの時代に制作された作品である。東海林さんは、ポーラ美術館の作品と個人蔵の作品では共通して、エヴァを象徴する中央から二つに分けた波打つ髪の毛を換喩的な記号として用いていると指摘する。一方、宮崎県立美術館の作品では、頭には白い鳩の飾りの付いた帽子を着用したエヴァの姿が黒い影に囲まれた空白によってあらわされているが、それを主要なモティーフをあえて不在のままに残し、諸要素の織り成す関係性のなかで浮かびあがらせる総合的キュビスム時代にたびたび用いた方法であると述べ、その表現方法によってエヴァの不在や喪失を示していると指摘する。そして、1900年以前に流行した帽子の白い鳩の装飾は、すでに彼女が天国へ旅立ちこの世にいないことを物語る、と解釈する。つまり、この絵にピカソのエヴァに対する哀悼の想いを読み取る。論文では、同時期にパリにおいてピカソやブラックに代わり、扇動的な示威活動を続けた新しいキュビストたち、「サロン・キュビスト」の描くキュビスムの技法による寓意画制作から3作品が影響を受けた可能性まで論及されており、説得力がある。よって、鹿島美術財団賞を授与するに相応しい優れた論文と評価する。優秀者川上恵理さんは、ルドルフ2世治下のプラハにおける芸術運動を概観して、画家スプランゲルの油彩画《知恵の勝利》と彼の創作に基づく同主題の版画を比較分析し、当時のプラハの画家ギルドの特殊性に絡めて、油彩画はルドルフ2世の治世の称揚、版画はプラハの画家の主張を表わすと結論する。傾聴に値する見解である。注研究者の所属・職名は選考時のものです。―18―

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