鹿島美術研究 年報第35号
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2.16世紀末プラハにおける絵画の地位上昇―バルトロメウス・スプランゲルの《知恵の勝利》を手掛かりに―に最も長い間シュルレアリスム画風を維持した朝鮮人画家であり、朝鮮人による美術の外枠を拡げた人物として位置づけられるのだ。しかし彼自身は「朝鮮人」より「日本人」に近いアイデンティティーを持っていたことが窺われ、これまで研究されてきた第一世代在日朝鮮人の特徴と相反する傾向を持つ。彼は自我形成期を「内地」で過ごし、洗練された先端文化を経験した。「日本」という国は「朝鮮」より魅力的なものであっただろう。また戦後の日本に築いた家庭を、社会の偏見から守りたいという願望もあったと推測される。つまり、いわゆる「民族的」とされる在日朝鮮人の「ステレオタイプ」から離れたところに、真鍋の人生があった。それは、日本社会の一部であり、同時に韓国近現代美術史の一部でもある。彼の作品は、そうした在日朝鮮人が生きる二重の領域を映し出すものであっただろう。神戸大学大学院・日本学術振興会特別研究員DC川上恵理先行研究ではミュラーの論考でのみこの差異に焦点を当てている。彼は特定の差異、すなわちミネルヴァのポーズの変化とその足元の台座に刻まれたカプリコルヌスの有無に注目し、油彩画と版画の受容者層の違いを考慮した研究を行った。本発表ではこれらの変更点にくわえて、版画における各人物像のアトリビュートがことごとく明示されている点を指摘したい。この変更点の原因としても媒体による受容者の違い本研究は版画《知恵の勝利》(バルトロメウス・スプランゲル原画、エギディウス・サデラー版刻、1597-1600年頃)の主題を再検討することを目的とする。スプランゲル(Bartholomeus Spranger、1546-1611)は版画に先行して1590年代後半に細部が異なる同名の油彩画(ウィーン、美術史美術館)を描いている。しかし、版画の描写には油彩画からの変更点がいくつも含まれ、それゆえに版画と油彩画の主題はある程度切り離して解釈する必要があると考える。本発表ではこの相違に注目し、本作品主題が従来指摘されてきたよりも強く当時の絵画の地位上昇を目指す動向に関係していることを示す。―21―

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