鹿島美術研究 年報第35号
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②初期フランドル絵画におけるイメージの実践的使用に関する研究提示できていない状態にある。とりわけ、本研究の調査対象とする、フランスおよびドイツの文書館に所蔵されている詩人伝および書簡例文集に関しては、工人および工人の営為に関する記述を含むと予想されることが文学史の研究者たちによって近年明らかにされつつあるものの、その多くが未だに写本(写本の校訂博士論文含む)の状態で残存しているため、イスラーム美術史研究者たちが内容にアクセスできない状況にあり、一刻も早い校訂・出版が俟たれる。以上を踏まえ、カタール・イタリア・フランス・ドイツの四ヶ国で行う本研究の独自性・学術的意義は以下の三点に要約される。第一に、ドーハ・イスラーム美術館の所蔵する15世紀後半から18世紀初めに至るまでのイラン製金属器の観察を行い、19世紀後半に欧米で好んで収集された作例を模して後代に偽造されアート・マーケートで流通した贋作と、真作とを識別する礎を築く。第二に、これまで本格的研究の対象とされてこなかった、テキスタイルに銘文として施されたペルシア語詩について、その内容や選定傾向を明らかにすることによって、個々の作品が制作され受容された文化的コンテクストの復元に寄与する。第三に、工人や工人の営為に係わる記述を有する同時代アラビア文字一次史料を収集・翻訳・公開することで、イスラーム美術史学のみならず、西洋・東洋を対象とした美術史学の研究に広く貢献する。研究者:ヘント大学大学院後期博士課程修了、博士(芸術学)、慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程本研究の主軸となるのは、罪の意識と死後に煉獄で過ごす時間に対する恐怖の意識が先例の無いほど強まった中世末期ヨーロッパ全土において共通して認められる事象、即ち贖宥の獲得、霊的巡礼の実践、そして奇跡の発動(或いは身体的・精神的治癒)に関連するイメージ群(絵画、彫刻、装飾写本・版画等)である。贖宥とは、罪の償いのため死後に煉獄で過ごさなければならない時間の部分的削減・或いは全体的免除のことを指す。贖宥は、主として聖堂や修道院などを訪れ、贖罪のためにある一定の宗教的実践を行う悔悛者たちに与えられ、信徒や巡礼者の訪問と寄進を促す原動力となった。贖宥研究は主として歴史学の領域において行われてきたが、美術史学におけるその重要性は、贖宥が祭壇画や彫刻、そして一部の図像に付―31―杉山美耶子

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