意義・価値これまで「佐竹本」及び「時代不同」の表現様式に関する議論は十分に為されており、異論するところはほとんどない。本研究ではこれまでの議論に、中世に制作された絵画の似絵風の描法と歌仙絵のそれがどのように連関するのか考察し、付け加えたいと考える。すなわち、13世紀末期頃の宮廷絵所が制作したと考えられる「平治物語絵巻」や「天狗草紙」には「似絵」風に細線を引き重ねた顔貌表現が看取される。しかしながら、これらの人物はいわば絵空事であり、実在の人物を写した絵画とは言えない。一方で、14世紀中成立の「なよ竹物語絵巻」においても「似絵」風の人物が描かれているが、本絵巻の場合は、絵巻の制作に関わった西園寺家の貴人の実際の容貌を再現したという指摘がある。このような中世絵巻において実在の人物と空想の人物の両者に用いられた「似絵」風表現の考察は、古代に活躍し、実際の姿の知られていなかった歌人を描く「歌仙絵」の考究に対しても有益と考える。加えて、中世の「似絵」表現の検討と歌仙絵考察を総合することにより、「佐竹本」や「時代不同」の制作背景の推定のための見解が得られ、歌仙絵の中世絵画史上の位置づけを検討することができる。表現の様式に関する議論に比べて、歌仙絵の像容や受容を論究する先行研究は少ない。本研究では史料だけでは説明し得ない歌仙絵の受容について、歌仙の図様を起点に考察し、知見を得たいと考える。以前より「佐竹本」の中務像の図様について、中空に視線を向ける仕草や持物の檜扇には梅木が表される点に注目され、歌仙絵には歌人の詠歌創造の場を表現されたとの指摘があった。すなわち、古の歌仙の和歌は中世期の歌人たちの詠歌の手本となるだけでなく、絵画イメージを成立させる、二重のプレテキストとなっていたと言えよう。したがって歌仙絵の図様は歌仙絵の受容層の和歌観や文芸観と緊密な関係性があると想像され、歌仙絵研究は、和歌文学、歌人伝研究と一つのパッケージとして捉えていく必要がある。以上を前提とし、本研究では「時代不同」、「業兼本三十六歌仙」(以下、業兼本)に描かれる古代の歌人の顔貌、装束、姿勢の様相と中世鎌倉期に伝えられた伝記、説話、歌学書(『三十六歌仙伝』、『古事談』、『和歌口伝抄』など)から読みとられる歌人イメージに関連がある事を指摘し、一方で「佐竹本」において歌人らは、高位の貴人の姿で描かれ、「業兼本」とは異なり、歌仙を尊崇する文脈から図様が作り出された、と推定する。「佐竹本」と「時代不同」及び「業兼本」のコンテキストの差異を分析する事により、各歌仙絵の位置づ―39―
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