江戸時代の絵画における特殊な基底材の使用に関する基礎的研究ームに比べアカデミックな画家として認知されていた訳ではないミレーに対し、法王のための宗教画が依頼された背景が明らかになると考えられる。また、法王がミレーの聖母像を好まなかったと伝えられるエピソードについて、聖母への多大なる崇敬を示していたピウス9世の嗜好を鑑みつつ、ミレーによる聖母や聖女を描いたその他の作品も調査の対象とすることで、ミレーが宗教主題をどう表現したのかを解明することができるものと考える。本研究は、山梨県立美術館の所蔵作品の研究にとどまらず、宗教画に対する言及が少ないと言わざるを得ないミレー研究全体に資するものであると考える。もともと数の少ないミレーの宗教画の一つが国内に所蔵されており、そこには19世紀のヴァチカンの状況およびフランスの美術の動向が大きく関係していた可能性があり、ミレー研究に新たな一歩を示すことが期待される。研究者:東京文化財研究所研究員本研究の目的は、呉春(1752~1811)筆「白梅図屛風」(逸翁美術館蔵)に用いられている特殊な基底材(絵の下地になる素材)の解明を通して、同種の基底材が使用された絵画の時代性や地域性を明らかにするとともに、江戸時代の中期以降に流行するマチエール表現など表現効果との関わりを考察することにある。日本の絵画の基底材には、麻や絹、紙をはじめ、金や銀、雲母など、さまざまな素材が用いられてきたが、従来の美術史研究では、主に仏画や中世の屛風を中心に、基底材と表現との関わりが論じられており、多様な素材と技法が、表現にあわせて選択されたことが指摘されてきた。だが、江戸時代以降、中国の書画などの影響を受け、絖や金箋といった、それまでには使用されてこなかった素材も用いられるようになる。日本の文人画(南画)において、絖を積極的に使用した早い例としては、与謝蕪村(1716~83)がよく知られ、蕪村のマチエール表現と基底材との関連性については、筆者自身も考察してきた経緯がある。一方、蕪村に師事した呉春が描いた「白梅図屛風」にも、かなり特殊な基底材が用いられており、葛布と指摘されたこともあるが、国の重要文化財指定では「絹本墨画淡彩」として絹とみなされており、特殊な基―呉春筆「白梅図屛風」(逸翁美術館蔵)を中心に―安永拓世―72―
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