鹿島美術研究 年報第35号
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『ビーブル・モラリゼ』における偶像と蛇②「17世紀後半ナポリにおける絵画制作の期間と費用に関する事例研究」美術アカデミーや、君主による恒常的な宮廷をもたなかった17世紀ナポリの芸術家たちは、ローマの芸術家や注文主との交流を通じて人文主義的な美術観を受容しつつあったものの、作品によって利潤を追求する工房経営者としての性格を強く有していた。顧客の懐事情に応じて「黄金の筆、銀の筆、銅の筆」を使い分け、クオリティの異なる作品を制作したと伝えられるルカ・ジョルダーノは、こうした17世紀ナポリの美術環境を代表する画家と言える。このような伝記的逸話をもつジョルダーノは、2000年代以降、ますます活況を呈している17世紀イタリアの美術市場の研究において、関心を集めてきた(Spear / Sohm, 2010)。17世紀ナポリ絵画を経済的な側面から捉え直したMarshall(2016)は、ジョルダーノとナポリ在住の外国人商人、ヴェネツィアの注文主の関係に注意を向けたが、ジョルダーノ作品それ自体については十分に検討していない。このような研究動向から、ジョルダーノ作品の制作期間や費用など、注文状況の再構成を試みる本研究は、経済史的、ミクロストリア的視座にもとづく事例研究としての価値をもつことが期待される。注:「“当代のゼウクシス”―「1728年版ルカ・ジョルダーノ伝」におけるベルナルド・デ・ドミニ研究者:名古屋大学人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター共同研究員 竹田伸一オックスフォードのボドリアン図書館で出会ったカウフマン博士の言葉によると、「『ビーブル・モラリゼ』は世界の宝(world treasure)」である。国宝以上の価値のある世界の宝故にアクセスは限られ、最上級の研究者にしかその道は許されていない。本来の使用も国王とその家族に限られたもので、その存在も19世紀まで一般に知られることもなかった。そして、その写本原本は値段がつけられないほど高価なもので、どの所蔵図書館も今後他に譲ることないと推察される。当然、そのファクシミリ版もとても高価なものとなるが、ファクシミリ版の変遷もその当時の研究者が何に価値を見出していたかを反映するものとなっている。ラボルドの白黒のOPL写本のファクシチの批評戦略」、『ディアファネース:芸術と思想』4号(2017年)、35-50頁。―83―

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