鹿島美術研究 年報第36号
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ミケランジェロにおける多視点性の問題研究者:Bunkamura ザ・ミュージアム学芸員これまでのミケランジェロ作品に関する先行研究においては、個別の作品に焦点を当て、視点に関して言及する傾向が強い。《サムソンとペリシテ人》や《勝利》といった群像がそうした作品に当たり、言及される数は多くないものの、ウィトコアーのようにミケランジェロは基本的に正面性を有する彫像を制作したと考える研究者は多い。しかしながら一方でハーストらはミケランジェロが第2の視点を考慮していたと主張しており、未だ意見の一致を見てはいない。いずれにせよ、作品研究において視点の問題は明白に造形に現れている場合を除けばわずかに触れられるだけに終わる場合が多く、積極的に考察されてはこなかった。ミケランジェロの彫刻作品を視点という観点から実際に概観してみると、確かに正面から見られることを想定した作品は多い。しかしながら、その中でも古典古代作品を想起させるような厳格な正面性を持つ彫像は、バッサーノ・ロマーノの《キリスト》くらいしか存在しない。それ以外の彫像は正面性をある程度持っているのは事実としても、ミケランジェロ作品特有の身体のねじれをはじめとした強い運動の感覚をモチーフとして採用している。先行研究ではほとんど注目されてはこなかったが、このことには古典古代の模倣ではないミケランジェロの視点に関する考え方を解き明かす端緒が隠されていると思われる。サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァの《キリスト》であれ、パラッツォ・ヴェッキオの《勝利》であれ、身体を強くねじることによってミケランジェロの彫像は身体の様々な部分を同時に見せることになる。特にトルソの正面を横断する形で鑑賞者に対して最前面に配置される腕は、トルソと密着せずに空間を設けるという極めて高い技量を要求する造形になっているが、これは鑑賞者の視点がほとんど正面から来るということを想定した作りであるといえる。つまりこの処置により彫像の身体をとりまく空間は多層化され、奥行きの感覚が極めて増大する。おそらくミケランジェロは、鑑賞者が正面からしか彫像を見ない場合、正面性を持った彫像が平板に見えることを嫌い、ねじれを採用することにより奥行きの感覚を増大させることで彫像の量塊性を生みだした。そしてそれにより彫像の3次元性を強調しようとしたと考えられるのであり、同時に多様な視点を融合しているという意味で「多視点」的な彫像と呼ぶこと―89―新倉慎右

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