琳関係作品をはじめとする比較研究や、関係資料の整理と精読を通し、「光琳への回帰」という可能性を提示できる点で本研究は意義がある。またこれまで深く触れられることのなかった其一の古典学習について、これが積極的に行われていたことを具体的な作例によって示すこともできる。さらに其一の琳派関連の学習については、師・抱一の影響という受動的な理由ではなく、琳派という系譜に其一自身があることを確かにし、自らの画業や作品に付加価値を与える能動的な理由があったと提唱できるだけでも有意義である。また古典の引用といった同時代的な事象を其一の中にも確認することで、其一個人の、あるいは琳派研究としての範疇を脱し、江戸時代後期における流派意識の問題についても考察を進めることができる点で、本研究には意義が認められる。価値其一の研究については未だ展覧会主導のものが多く、近年では2011年の「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展、2017年の「鈴木其一 江戸琳派の旗手」展を筆頭に、新出作品の紹介を兼ねた回顧展が実施されている。しかし何れも編年形式の展覧会ゆえに、また其一の作品点数の多さや画風の幅広さゆえに、これまでの其一研究は広く浅く画業を網羅することに終始している印象がある。本研究は其一の画風形成過程に焦点を当て、その中でも光琳への傾倒を詳らかにしていくため、まず其一研究の深化が見込まれる点で価値がある。また其一の古典学習についても、従来は古画の実見を主とする西遊の記録が取り上げられることが多く、作品の側からの検証が不足していた。本研究は光琳作品との比較を中心とした作品研究を主に展開するという点でも価値があり、研究史を広げる一助となることが期待される。研究の構想まず、其一の画風形成期において光琳をはじめとする古典の学習があり、その結果画業を一貫して光琳への回帰傾向があると認めることを第一の目的とする。次に光琳とその作品、ならびに琳派の画題が其一によって利用され昇華されていった点に着目し、19世紀における絵師の自己ブランド化や帰属すべき流派への自認問題についても考察を進める。最後に其一による古典作品や図像の解釈について、元々ある図像に対し描表装や貼交などで手を加えることで再構築し、より作品世界を豊かに広げる傾向が現れていたことを明らかにしたい。この点については、具体的に(1)「三十六歌仙」の図像と(2)「朝顔図屏風」と「燕子花図屏風」の2点を軸として研究を進める。(1)は琳派の代表的な主題であり、特に光琳の作品はひとつの型として定着し、次代に描き継がれていった。この光琳作品を模した抱一作品や其一作品も―91―
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