・ 近代以降、他の芸術分野と同じく影印での紹介が盛んとなったが、掲載誌面の大きさにより拡大・縮小する場合がほとんどであり、書跡の大きさに注意が払われることが少なかったこと・ 揮毫時に感じる筆の抵抗を「筆触」と称し、これを書く行為の本質と見なす説があるが(石川九楊氏)、抵抗は紙絹などの素材・質によって大きく変化するものであるため、その微細な状態に注目する必要があることければならない。本研究は、如上の問題の解消に努めるもので、特にこれまでの書道史研究で閑却されてきた以下の3点を重視する。これらを原寸図版やマイクロスコープなどを用いることで弁別し、書写領域の変化による字の大きさ(字径)の漸変と、書写材料の平滑化が上記①を生ぜしめ、書体・書風に多様性をもたらしたであろうことを導いてゆく。名筆以外の肉筆・影印の収集や、原寸図版を用いた書風の比較検討など、単純な作業が多くを占めるが、かような視点からの書道史構築は、現在でも説明が曖昧な手の繊細な働き、即ち「手業」ともいうべき側面に目を向けさせることになり、例えば拡大書写(模写)を基本とする書道教育の見直しにも繋げることができよう。また、将来的には、教育学(所謂「わざ言語」の開発など)、運動学(指・上肢運動)、絵画史(水墨・文人画)研究などともその成果を還元しあうことによって、手の動きがダイレクトに表現へ繋がる、書道のより確かな理解が進むものと期待される。また、本研究の検討結果は、書道理論(書論)へのより深い理解にも繋げられよう。筆者は、過去に明代末期の書論を扱ったが、当時は絹・絖本を用いた長条幅が出現するなど、書道表現の舞台が大きく変わった時期に当たり、そのためか字径に対する言及が少なからず確認できる。書論は、書体・書風と同じく時代によって浮沈があり、また使用評語や主張も異にしている。将来は、これらの関係の詳細を窺うことで、双方の理解に繋げてゆく予定である。・ 書体・書風などの書道における様式を大別すれば、①自然発生的に生じたものと、②個人の書風に倣うなど特定の様式を意識したものの2種類に分けられるが、従来では両者を区別することなく扱ってきたと見られること―102―
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