鹿島美術研究 年報第36号
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江戸の書に関する一考察―唐様の造形に着目して―研究者:日本習字教育財団観峰館嘱託研究員従来、江戸時代における唐様の書については、作品を整理することすらほとんど行われてこなかった。それは、唐様の書は中国書法の模倣に終始した、取るに足らないもの、という価値観が支配的だったからだと思われる。そのため、現在の日本書道史研究においても、唐様の書が注目されているとは言い難い状況にある。しかしながら、日本書道史を顧みると、それは常に中国書法との関わりの中で展開してきたと言える。すなわち、中国書法を受容し、展開させることによって、日本書道史が形成されてきたということである。このことからすれば、積極的に、あるいは選択的に中国書法を取り入れた江戸時代の唐様は、日本書道史において極めて重要な位置を占めると考えられる。ただ、従来の書道史研究において注目されることが少なかったためか、作品の所在が不明である場合も多く、江戸書道史研究は進展させることが困難な状況であった。だが近年、多くの美術館・博物館等においてデータベースが作成され、所蔵品が広く公開されている。このことによって、これまで伝記等で名前しか見ることのできなかった江戸時代の書家でも、その作品の所在を調べ、見ることが容易になりつつある。したがって、これらを活用すれば、江戸書道史研究を進めることも可能になると思われる。さらに、近年の書学書道史における研究状況を見れば、書作品の造形に着目する美術史学的な研究も行われつつある。従来の書道史研究では、文献に基づいた研究が多く、その作品における造形が論じられることは少なかった。すなわち、書の造形を記述し、論じることは、これからの書道史研究を進展させる上で重要な手段だと考えられる。以上のような状況を踏まえれば、今、改めて江戸時代の唐様に着目し、その造形に基づいて再検討することは、意義のある研究だと考える。それは、日本書道史を通底する課題でもある、中国書法から「何を」「どのように」学んだのかを造形の上から検討することとなるからである。―106―根來孝明

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