鹿島美術研究 年報第36号
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カンディンスキーと宗教絵画―ロシア美術の伝統と抽象絵画―ついての史料的考察─シェラック、螺鈿、漆、蒔絵を中心に─」、東京文化財研究所公開研究会「南蛮漆器の多源性を探る」、2017年)、アルド・トリーニ氏(「『日葡辞書』にみえる「茶の湯」の文化」『キリシタンが拓いた日本語文学』明石書店、2017年)など西洋史や言語学の立場からの研究が発表されており、状況が変わりつつある。そこで本研究では、岡氏、トリーニ氏の先行研究に倣い、西洋古文献から絵画に関する用語や評論を抽出、整理する。情報整理という基礎的作業が中心となるが、それを通して宣教師たちが制作・普及に関与した南蛮美術と、西洋人が日本で目にした伝統的な日本・東アジア絵画両面の評価や流通状況を把握することが可能になる。特に後者に関しては『等伯画説』や『節用集』など日本側の史料と照らし合わせることで、当時の絵画の価値基準が多角的に把握できるようになると期待される。研究者:共立女子大学非常勤講師筆者の調査研究は、これまでの体系的な研究に欠けるカンディンスキーとロシア正教、ロシア・イコン、19世紀ロシア絵画の繋がりを造形面から見直し、主題・内容を再解釈することに第一の意義がある。本調査研究の新たな課題は、造形上の考察に画家の内面へ踏み込んだ解釈が加わり、従来の国際的なカンディンスキー研究の視座からみても、先学の優れた研究と自身の研究が結びつき、意義は高いと思われる。本調査研究では、カンディンスキーの人格形成期の芸術体験に光をあて、とりわけ画家が親しんだロシアの聖堂とイコン、育った環境を調査し、造形面から画家の作品とイコンならびに19世紀後半のロシア美術の分析を行う。それにより抽象へ向かう画家の精神的支柱となったロシア正教特有の図像からの影響関係を問い直す。というのも、彼が当時の複雑な社会状況や美術運動と格闘しながら抽象絵画を展開していく一方、初期から晩年まで絶えず立ちかえるのがロシア・イコンであり、生涯に亘ってロシア正教に向き合い続けたからである。画家は初期から聖人のモティーフを繰り返し描き、晩年になっても自作の唯一の源泉だと語るほど、生涯ロシア・イコンを高く評価し続けた。これまでにもしばしば画家の作品におけるロシア正教やイコンの重要性が論じられてきた(古くは画家の友人であるグローマンから近年では2000年のマズール=ケブロウスキなど)が、造形面か―111―真野宏子

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