鹿島美術研究 年報第36号
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敦煌莫高窟初唐窟に描かれた千仏図の研究ル・アート・ヒストリー研究にも貢献できる。そのため本研究は戦後日本とブラジルの交流の研究者であるペドロ・エルバー氏(ブラウン大学)ら欧米の研究者と意見交換することを予定しており、英語圏での論文発表を目指している。研究者:国立民族学博物館機関研究員本研究の目的は、敦煌莫高窟の初唐窟に描かれた規則性を備える千仏図を悉皆的に調査し、同図案の描写方法や視覚的特徴を体系的に把握するとともに、初唐窟における千仏図の役割や捉え方を検証することである。そして、莫高窟の芸術が大きく進展した初唐窟の空間や芸術の特徴理解のための新たな視点を提示するとともに、莫高窟の石窟造営の大きな流れにおいて初唐窟の位置づけを再考する。意義・価値莫高窟は1000年以上に亘って造営が続けられた重要な仏教史跡であり、500近くの洞窟に色鮮やかな塑像・壁画が残されている。莫高窟から大量に発見された文書(敦煌文書)に記された文字は過去を物語る重要な情報であるが、塑像・壁画の美術作品もまた、文字と同等に、時には文字以上にさまざまな情報を含む貴重な資料であり、当時の信仰や東西交渉の様相を現在に伝える。壁画に描かれたさまざまな図像は、それぞれ単体でも内容を解釈しうるものであるが、石窟という空間においては、他の要素と相まって、集合として捉えた際に初めてその内容が正確に理解される場合がある。千仏図が窟空間全体においてどのように設計され、描かれたかを理解することは、窟全体の構想やその他の図像を解釈する上でも重要な情報を包含する。筆者は莫高窟の北朝代、隋代に造営された窟を対象にした研究において、千仏図の配色や配置を悉皆的に調査し、千仏図の規則的描写方法や視覚的な特徴を明らかにした(図1、2)。そして、千仏図の配置や設計を通して、千仏図の役割の変化や石窟空間の捉え方の変遷について革新的な視点を提示した。本手法は未調査である初唐窟に対しても適応でき、莫高窟において芸術が華やぐ初唐窟の解釈に新たな視点を提示する可能性を有する。構想本研究で対象とする初唐(618~不定)は、莫高窟の芸術が目覚ましく華やいだ時―115―末森薫

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