する起爆力を秘めている。氏は陸信忠仏画の基準作である「仏涅槃図」に焦点を合わせる。愛知県の宝寿院に伝来し、現在奈良国立博物館に収蔵される作品だが、その銘文とクオリティを考え合わせて、寧波が慶元府と呼ばれた時期に、陸信忠本人が手がけた作品と推定されてきた。しかし他の涅槃図と比較すると、特異な点が見出されるため、これまで「風変わりな一作例」などといわれてきた。しかし高志氏は、同時代または先行する中国の作品と厳密に比較し、かえって古風な表現が含まれることを明らかにしたのだ。まず、中央の宝代や横たわる釈迦の姿勢、二本の樹木などについて、先行作品が提示される。仏弟子の表情や、釈迦の下に敷かれる布に関する新解釈も、充分に実証的である。胡旋舞を舞う胡人についても、末羅族の伎楽と執金剛神のダブルイメージとする従来の説に加えて、死者供養のための胡旋舞という伝統がすでにあった可能性を示唆する。最後に、沙羅双樹にとってかわる印象的な七層の宝樹について考察される。『涅槃経後分』に説かれる天花や香花の表象とする新鮮な見方も、複数の具体的遺品の例示によって、視覚的説得力がよく担保される結果となっている。つまり、本図の制作背景には、さまざまな先行作品や伝統的図様が存在したのであって、決して特異な例外的作品などではないという事実が、白日のもとに示されたのである。その中原や北方の作品と比較するというプロセスを通じて、当時の南宋宮廷絵画との通奏低音がかすかに聞こえてきたことも興味深い。以上の諸点が高く評価され、第25回鹿島美術財団賞にもっともふさわしい研究者の栄を担う結果となった。優秀者には白木菜保子が、「逸見(狩野)一信筆五百羅漢図における梵土表象の調査研究」をもって選ばれた。近年とくに評価の高い芝・増上寺所蔵の大シリーズを取り上げ、増上寺学僧・大雲の指導によりつつも、一信が近世までの日本絵画における異国表現を集大成し、豊かな想像力によって生み出した普遍的な人間精神の視覚化であることがみごとに論証されている。審査員一同、深い感銘を与えられたゆえんである。―17―(文責河野元昭選考委員)
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