《西洋美術部門》財団賞:塚田美香子 ピカソとメランコリー―クラシック期の裸婦像に見る情優秀者:百合草真理子パルマ大聖堂の天井画における観者の視覚体験―1520年代のコレッジョ絵画との関わりから―パブロ・ピカソはその初期から晩年まで、数多くの研究や論考がなされており、新たな研究が困難な情況である。そうしたなか、塚田氏は1920年代前半の通称「クラシック時代」に着目し、この時代の裸婦像や人物画に多く見出される「メランコリー」の感情、そのスタイルや図像について先行研究を十分に踏まえつつ、新たな視点で解明しようとした新知見に富む意欲的な研究・調査報告である。この時代のピカソの古典的スタイルにはこれまで、ルーヴル(墓碑彫刻)や大英博物館(パルテノン神殿東破風の女性群像)、イタリア旅行(ローマ、ナポリ)をとおしての古代美術の再発見、バレエ・リュスによる啓示、ローザンベール画廊でのルノワール作品との出会いなど様々な影響源のあることが指摘されてきた。これに対して塚田氏は、古代鏡に線刻された裸婦像やナポリ考古学博の《ヘラの胸像》、また『アルマナック・デュ・ニュ』誌掲載の裸婦写真などにさらなるソースの可能性を見出す一方、アングルとの関係を独自の視点から再検討するのである。アングル-ピカソ問題は、《トルコ風呂》が1905年のサロン・ドートンヌに展示されて以来、断続的とはいえ必然的な絆で結ばれていたようだが、その関係を、ポンペイの壁画や古代ギリシアのクラテールの陶器画を触媒としつつ、アングルの貴婦人の肖像とピカソによるメランコリーのポーズのオルガ像との類似性として明らかにしていく。「ピカソはアングルが創作した女性の内面を表す身体形態を援用しながら、祖国の家族を案じるメランコリックなオルガの肖像画や人物画を描いた」との結論は、ジャック・ラカンによる不安原理の援用とも併せて、説得力をもつ解釈である。丹念な作品調査と資料の渉猟による《座る二人の裸婦》についての本研究は、未解決の部分を残しているとはいえ、全体としてピカソのメランコリーのルーツと意味を深めるものであり、財団賞にふさわしいものと全員一致で採択された。一方、優秀賞の百合草氏は、パルマ大聖堂内のドームに描かれたコレッジョの有名な壁画《聖母被昇天》を、視覚効果の立場から考察した論考である。無数の天使に伴われつつ、渦巻くように上昇する聖母マリアは堂内に足を踏み入れた鑑者の視線の移感、様式、図像の諸問題――18―
元のページ ../index.html#32