鹿島美術研究 年報第36号
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研究発表者の発表要旨1.パルマ大聖堂の天井画―コレッジョによる天国のヴィジョンと観者への効果―名古屋大学大学院人文学研究科特任助教百合草真理子聖母マリアの被昇天を祝うために奉献されたパルマ大聖堂のドームには、無数の天使たちに伴われて天国へと昇っていく聖母をキリストが出迎える、歓喜に満ちた光景が展開する。それは、鑑賞者の視点と動きを考慮して構成されるため、外陣を西から東へ歩行する者は、まるで動画を眺めるように、まず、聖母の被昇天に気づく使徒、奏楽する天使たち、地上を離れる聖母、そして、既に天国にある旧約の人物たちと順に出会い、最終的にはキリストとの邂逅へと導かれる。この外陣から内陣への移動に伴う眺望の変化については、コレッジョがそれ以前に制作した祈念画、祭壇画、サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂の天井画(パルマ、1520-21年)において横断的に用いた諸手法や造形語彙(視線・表情・身振り・姿態・人物構成・構図・明暗法など)との比較により、時間的・空間的に進行する出来事の視覚体験を、各地点の観者それぞれに提供しようとした一貫した彼の試みが浮かび上がる。イタリア、エミリア=ロマーニャ州にある古都パルマには、この地方をルネサンスへと導いたコレッジョ(Antonio Allegri da Correggio, c. 1489-1534)による数々の作品が残る。なかでも、大聖堂の天井画(c. 1526-30)は画家晩年の傑作とされ、現実空間を巻き込むイリュージョニズムには、一世紀を先駆けるバロック様式の萌芽が見出される。こうした従来にない革新的な表現が目を引くため、コレッジョの芸術は従来、主に様式論的考察や批評において取り上げられる傾向にあった。他方、近年の研究では、その形体と設置場所の諸々のコンテクストとの緊密な結びつきが徐々に明らかにされつつある。本発表では、このような最新の研究動向を踏まえ、パルマ大聖堂の天井画を対象として、聖堂内の立ち位置に伴って移り変わる眺望と、各眺望がもたらす観者への効果を、1520年代のコレッジョ絵画における諸手法と関連づけて分析する。それにより、宗教建築の一部として、個人の祈念との関わりにおいて本作品が果たした役割に光を当てる。―20―

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