情報を集め調査し、南禅寺の本来の尊像構成の復元を試みて、本群像の性格を考える。一方南禅寺周辺には平安仏が集中して存在する。本研究ではこれらの仏像にも着目し、南禅寺を核とする仏教文化圏の姿の復元に努める。これらの作業を通じて本群像の性格や当地に存在する理由を明らかにできると考えている。また、従来、南禅寺仏像群は地方色豊かな地方造像と捉えられることが多かったが、複数の研究者からその造形の正統性、中央的性格が指摘されており、全国の作例を広く視野に入れた上で、本群像の造形を考えるべき時期に来ている。南禅寺仏像群は伊豆最古の仏像群であり、伊豆の彫刻史を考える上で本研究は意義があると思われるが9世紀から10世紀にさかのぼる仏像がこれだけの規模で伝えられている場所は、関東・中部地方では数少なく、この地域の彫刻史を考える上でも、本研究は一つの視点を提供するものであると考える。構想南禅寺仏像群の性格を明らかにするためには、個々の作例の検討と群像としての全体の検討という二つの視点からのアプローチが必要と考える。また、個々の作例の検討、群像としての検討それぞれの場面で、基準作例を含む他地域の作例との比較検討を通じて、性格を浮き彫りにできると思う。また本群像の性格を明らかにするためには、文献資料の分析による歴史的な背景の理解が欠かせない。本研究ではこの点からの考察も行う。Ⅰ.南禅寺に現存する諸像の分析Ⅱ.南禅寺から流出した仏像と南禅寺周辺の平安仏Ⅲ.南禅寺創建期の尊像構成の復元Ⅳ.薬師如来を中心とする他の群像作例との比較検討Ⅰでは、南禅寺に現存する諸像の尊名を明らかにする。南禅寺仏像群を構成する仏像の多くは両腕を失うなど欠損部分が多く、さらに中には22点の断片が含まれるため、正確な尊名の確定は困難な作業になると思われるが、可能な限り読み取っていく。Ⅱでは南禅寺から流出した仏像と南禅寺周辺の平安仏をまとめて示し、南禅寺とその周辺に存在した仏像の全容を明らかにする。Ⅲは南禅寺の性格を考える上で最も重要な、創建期の尊像構成の復元を試みる。南禅寺の群像はその量、種類が重複することなどから、複数の寺院・堂宇に安置された諸像が集められたものである可能性が高く、創建期の尊像構成を確定することは困難―36―
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