の下層や裏面の状態についても、合わせて対象とする必要がある。個別の作品研究においては、《人生(ラ・ヴィ)》(1903年、クリーヴランド美術館蔵)を筆頭に、絵画の深層にある絵画層について研究が北米を中心になされてきた。《人生(ラ・ヴィ)》の下層に描かれた図像が、他の同時代の油彩画やデッサンと深く関係していることが指摘されている。また、この絵画の下層には、「青の時代」に先行し、長らく失われていたとされる大作《臨終》(1889-1900年)が描かれていることも科学調査により特定されて久しい。支持体のリサイクルの状況を調査することで、「隠された作品」「塗り重ね等の技法」「画題やモティーフの変更のプロセス」など、ピカソ研究には必須の重要な情報が得られる。従来の完成した表層のイメージを対象に進められた「青の時代」の研究は、一新されるべき時期を迎えている。各作品を比較するための情報共有、また、各美術館、研究機関の垣根を越えた共同研究は、ようやく近年になり始動したといえよう。個別の作品研究を縦軸に、同時代の制作を横軸にした総合研究の骨格を築くことが、ピカソ研究者の共通の課題となっている。筆者の調査研究は、この課題解決の第一歩として、比較研究の基礎となる情報を収集し、これまでの「青の時代」の研究を補完することを目的としている。筆者はこれまで、「青の時代」の科学調査を牽引してきたナショナル・ギャラリー(ワシントン)のチームをはじめ、クリーヴランド美術館キュレーターのウィリアム・ロビンソン氏、パリ・ピカソ美術館館長ローラン・ル・ボン氏、バルセロナ・ピカソ美術館コンサヴェーターのレイエス・ヒメネス氏と協力関係を結び、情報共有と共同研究を実施してきた。さらに本調査研究において、オンタリオのアート・ギャラリー・オブ・オンタリオの研究者を訪ねるとともに、彼らと「青の時代」の作品群について先進的な科学的調査を展開しているノースウェスタン大学とアート・インスティテュート・オブ・シカゴの研究チーム(NU-ACCESS)とも協力関係を結ぶ。以上のように、国内外の美術史家およびキュレーターとコンサヴェーターの協力を得て、情報を収集し、制作のプロセスの諸傾向を分析し、ピカソ「青の時代」の研究の補完と深化に向けた基礎研究を試みる。国際的なネットワークを活かしたピカソ作品に関する調査研究は国内では未着手であり、その意義は大きいと考える。「青の時代」はピカソの画業のなかでも画家の出発点として極めて重要である。「画面の変更」は、ピカソの画業全体に関わる問題であり、画家の創造性の本質をなして―39―
元のページ ../index.html#54