② 漆芸家六角紫水は油、膠にならぶ絵具の一種として漆を位置づけ、1913年に文展に⑪漆芸の近代化―六角紫水と絵画をめざす工芸―本研究は、①ベルギーとの関係②官展洋画アカデミズムの見直し③京都帝国大学を中心とした画家・研究者・知識人ネットワークの3点から考えて、美術史的にも学際的にも意義があると考えられる。研究者:三重県立美術館学芸員本研究は近代漆芸の近代化を絵画化という観点から考察するものであるが、意義としては以下の三点を挙げたい。一点目は、制度論以降の成果をもとに工芸の絵画化を批判的に検証し、その固有の近代化の様相を明らかにすること、二点目は、漆芸の実制作者の価値観の変化を実証的に明らかにすること、三点目は、近代漆芸史が日本近代史研究の中心となってきた美術館活動や展覧会活動の中ではとり上げられがたいものであり、本研究はそれを補おうとするものであることである。① 1990年代以降に進められた「美術」制度にまつわる研究は、それまで美術界に支配的であった、絵画を頂点とする美術ヒエラルキーを批判的に検証し、美術の周縁におしやられた「工芸」分野から、制度やモダニズム以前の、江戸時代から続く日本固有の造形のありかたを考察しなおそうとした。この成果を受けて、近年には明治大正期の「超絶技巧」などの工芸から、制度やモダニズムに侵されない、原初的な創作活動の可能性を探る展覧会が増えている。しかし、このような近年の流行は、工芸評価の視点を技巧力や用途に集中させる事態をも招いている。実際明治以降の諸工芸の歩みとは、産業と自らを分かち、「美術」に近づこうとするものであったことも事実である。明治期博覧会に出品されたタブロー形式の工芸や、絵画の筆致を再現しようとする釉下彩や無線七宝の技法、そして昭和期の官展工芸部に大量出品された大型平面作品まで、その例は枚挙にいとまがない。このような試みは、これまで作家個人の独創的な業績として評価されてはきたものの、当時の工芸界の様相、それぞれの素材の特性をふまえ、その時代性や革新性について具体的に検証した研究はほとんどない。本研究では「美術」制度研究の進展をふまえ、近代化の一つの指標として漆芸の絵画化に注目し、明治から昭和に至るまでの漆芸史の発展を肯定的に捉えなおそうとするところに意義がある。―41―髙曽由子
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