鹿島美術研究 年報第36号
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⑯池田蕉園が描く美人画の研究った「観光事業」に注目する。本作が設置されている長崎県も、戦前から観光地として雲仙などを観光地化し、成果をあげていた。そして、戦後も戦災から復興するために長崎市内の整備を積極的に行った。そのような時代背景の中で、「大きな記念碑」を建立することがどのような意味を持っていたのかを考えることは、ただ単に「芸術」は「芸術」のためにあるだけではなく、戦後の日本の経済を動かす重要なツールとして、社会的な役割を果たしていたことを検証することになる。そして、原爆という脅威にさらされた人々が、本作をどのように受容し、心境が変化していったのかを検証できれば、戦後の記念碑建立の意義が明らかになると考える。また、経済発展の中で作家がどのように立ち振るまい、記念碑の注文主からの意見を受け入れつつ、自身のオリジナリティを造形で表してきたのかを考察することは、新たな表現の発見にもつながるだろう。本研究はこのように「観光」と「芸術」の関係性を大きなテーマとしている。そのため、単なる美術史研究に留まらず、2020年に東京オリンピックの開催を控え、観光業に力を入れている現在の日本の行政に対し、過去のケースを提示し、何らかのヒントを与えることができると考えられる。また、原爆を経験した人々が経済的に、精神的に復活した過程に本作がどのように関与したのかを検討することは、現在未曽有の自然災害で傷ついた地域の復興に芸術をどのように活用するか考えるためのヒントになるかもしれない。この研究で過去を顧みることで、現在私たちが直面している問題に対し、なにか教訓を示してくれる可能性があると考える。研究者:山種美術館学芸員山本由梨本調査研究の目的は、画家・池田蕉園(1886-1917)の画業の詳細や当時の評価を明らかにし、蕉園が文部省美術展覧会(文展)開催時期にみられた美人画の人気の高揚において重要な役割を果たしたことを指摘する点にある。筆者はこれまでも近代日本画における美人画をテーマとして調査研究をおこなってきた。特に、美人画を描いて注目を集めた女性画家に着目し考察を重ねている。拙稿「婦人雑誌にみる文展美人画の女性受容者─鑑賞・美容・制作─」(『美人画の諸相─浮世絵・団体・メディア─:「浮世絵・挿絵系出身の日本画研究団体に関する総合的―48―

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