鹿島美術研究 年報第36号
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調査研究」関連研究調査報告書』篠原聰・東海大学課程資格教育センター、2016年)では、文展における美人画人気の高揚のなか、女性画家が活躍し関心を集めたことに着目した。なかでも『婦人世界』『婦人画報』など、当時発行されていた婦人雑誌を調査し、誌面における女性画家や美人画の取り上げられ方を分析した。この作業により、美人画を描いた女性画家や、美人画を楽しむ女性の鑑賞者の存在が、文展開催時期の美人画にみられる特徴として重要視されることを指摘した。しかし現段階では、この美人画と女性画家との関係性について、全体像を論じることに留まっている。今後、女性画家がどのように美人画人気の高揚に寄与していたのか、画家個人の業績に基づく具体的な視点による考察をおこない、文展における美人画ブームの実像に迫りたい。そこで本調査研究では、画家・池田蕉園を考察の対象とする。池田蕉園は活動時、上村松園と並び称された人気の美人画家であり、その存在は後進の女性画家たちに多大な影響を与えた。蕉園研究については、松浦あき子氏による報告(「池田蕉園研究─明治美人画の流れ─」『明治美術研究学会研究報告』21号、明治美術研究学会、1987年)が蕉園の年譜や関連文献等をまとめている。本調査研究では、先行研究に基づきながら、より広範な資料を精査し、最新の美人画研究の動向を踏まえたうえで、あらためて蕉園の業績について考察したい。具体的な方法としては、本画を中心に、挿絵や口絵を含めた蕉園の画業の基礎データを作成し、それらの主題や女性像の表現方法の詳細を明らかにする。また筆者のこれまでの美人画研究をもとに、婦人雑誌などの女性向けメディアを含めた多様な資料を調査、分析し、当時の蕉園評価をまとめ、美人画史におけるその業績を再考する。文展は、美人画というジャンルが最も人気を集めた舞台であった。文展で名をあげた池田蕉園は、文展における美人画ブームの終焉とともにその生涯を終えており、蕉園はまさに文展の美人画を象徴する存在であったといえる。蕉園の画業とその評価を整理し、蕉園を美人画史においてあらためて位置付ける本調査研究は、蕉園の画業の基礎データの整理がなされるというだけでなく、文展における美人画ブームの実像に迫る重要な意味を持つだろう。池田蕉園を美人画人気の高揚に寄与した中心人物として再考することで、文展の美人画に関する新たな知見を提供したい。―49―

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