鹿島美術研究 年報第36号
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⑲江戸狩野派による倣古図の基礎的研究本調査研究の目的は、江戸狩野派の作品のなかで、最も重要な画題の一つである、倣古図に関する研究基盤を確立することである。江戸狩野派の倣古図は、日本絵画史において400年にわたり画壇の中心に居続けた狩野派の画家が、長い歴史のなかで、特権的な立場を利用して実見した古典図様をどのようにして自らの画風に取り入れ、いかにしてその図様を工房で共有し、描き継いだのかという問題を考えるうえで、きわめて重要な研究対象と言える。オリジナリティーを重視する現代において、同じ図様を描き継ぐ江戸狩野派の倣古図は、批判的に評され、その研究は本格的に行われているとは言い難い。しかしながら、江戸狩野派がどのような古典を学び、それをどのようにして自らの絵画様式のうちに取り入れたのか、という問題を考察することは、江戸狩野派における古典学習がいかなるものであったかという問題の研究や、江戸狩野派の様式展開に関する考察の基礎となるものである。とりわけ、現在、研究が進んでいない江戸中期の江戸狩野派による倣古図様式の変遷と特徴を捉えることは、江戸前期と後期の江戸狩野派における古典図様の共通基盤や古典学習の変遷を知るうえで肝要である。また、江戸狩野派の倣古図のデータベース化は、数多の図様を比較分析するための基礎的作業と言え、江戸狩野派にとどまらない、江戸絵画全般における、画題や古典図様の転用の問題、各流派の特徴の分析に資するものがある。江戸狩野派の倣古図の全容が明らかになれば、今後の江戸狩野派研究の一角を担う分野となるはずであり、市井で活躍した画家の倣古図との比較分析も可能になる。また、データベースを公開すれば、江戸絵画研究者のみならず、他ジャンルの研究者にその情報が共有され、江戸狩野派、そして江戸絵画研究が一層進むだろう。現在、筆者は江戸前期、後期の江戸狩野派の倣古図の様式展開について、木挽町狩野家、中橋狩野家など、江戸狩野派の奥絵師の作品を中心に考察を進めている。本調査研究においては、奥絵師以外、すなわち表絵師の作品についても検討することで、倣古図の広がりと古典図様の普及の具体的様相を明らかにしたい。そして、現在手薄な江戸中期の江戸狩野派の倣古図作品を発掘することで、江戸時代を通じた倣古図様―データベースの構築と分析手法の確立に向けて―研究者:静岡県立美術館学芸員野田麻美―53―

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