鹿島美術研究 年報第36号
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れらの作品群は18世紀半ば、版画家・印刷業者のカルロ・アントーニオ・ピサッリによって18点の模刻版画集として集成されている(C. B. Berselli, “Carlo Antonio Pisarri. Un incisore stampatore bolognese del Diciottesimo secolo” in L'arti per via: percorsi nella catalogazione delle opere grafiche, 2000, pp. 72-86)。ここに収められた作品は、いずれも小品ながら後代の画家たちの参照源として用立てられる価値を備えていたと想像されるが、個々の作品に関して具体的な考察はこれまでほとんど行われていない。確かに、パラッツォ・ファーヴァやパラッツォ・マニャーニの室内装飾は、その規模およびプログラム構想のレベルにおいて、ボローニャにおけるカラッチの最大の成果であると言ってよい。しかし、これら暖炉上の作品群もまた、いずれも神話や寓意図案に取材しており、一定の人文学的知識を前提とした内容であることは疑いえない。本研究は、これらの作品群を一つずつ検討してゆくことで、対抗宗教改革期における世俗主題の表象に関する有力なケーススタディとなりうると考える。構想本研究は、2019年度提出の博士学位請求論文の一部として実施される予定である。これを前提として、本助成の範囲では、郊外のヴィラ・モンシニョーリ=コメッリの作品群、および本来の設置場所から移設された作品群─すなわち、今日旧市街中心部のパラッツォ・グラッシ、パラッツォ・セーニに保存される4点─を研究対象としたい。まずは各種史料の検討によって、作品群の制作に関わる歴史的事実の再構成を試みる。とりわけヴィラ・モンシニョーリの作品群に関しては、先行研究で作者の帰属について議論の一致を見ていないことから、この点についても留意しつつ提案を行いたい。そのうえで、各図像の特質を、カラッチが参照しえた同時代のテクストや寓意図案集との関係において浮き彫りにする。暖炉上には、その場所の特質上、必然的に火と結びついた画題が選ばれる傾向があった。カラッチもまたこうした伝統に則りながら、神話や寓意図の世界を独自に解釈し、表そうとしたと考えられる。個人邸宅の装飾として描かれる際、火は無論権力や美徳の称揚ではあるが、同時に「神の愛」や「怒り」など、様々な概念を連想させる。本研究では、同時代のテクストも参照しながら、カラッチの暖炉上絵画が制作された1580年代から1600年代初頭にかけて、火にまつわるテーマが含む重層的な意味合いを明らかにすることを目指す。―66―

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