鹿島美術研究 年報第36号
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未だ十分に研究されていない、宗達の制作意図を中心に調査研究をすることが本研究の目的である。以下に、具体的な意義や構想等について述べたい。本作の牛は、「北野天神縁起絵巻」の牛の図像を借用していることが山根有三氏によって指摘されているが、単に図像を借用したという見方だけでは、なぜ描かれたのか、宗達はなにを表現したかったのかということを理解することができない。図像は借用していても従来の牛と描き方が異なるのはなぜなのか、賛者でもある光廣らが十牛図の文脈で描いている同時代の牛図とも違うのはなぜか、そこには、宗達の意図が大きく働いていると考えられる。その意図を解明していくことは本作を理解する上でも、位置づけをする上でも重要なことであり、大きな価値があると考える。それを解明するためには、まず烏丸光廣の賛の和歌が大きなヒントを与えてくれる。水墨画に漢詩が書かれる詩画軸はこの時代にも松花堂昭乗や海北友松等が制作している。本作は、従来の漢詩と水墨画の漢の世界に、和歌を持ち込んだ新しい芸術形態のありかたを示している点でも貴重な作品で、光廣の歌人としての活動との連動が宗達の制作意図に関係しているという、今まで誰にも研究されてこなかった観点から考察する。その意味でも本研究の意義は大きいと考えている。光廣は他にも宗達及び宗達工房に絵を描かせ、そこに自ら書を揮毫した「蔦の細道図屏風」(重文、承天閣美術館蔵)などもあり、宗達は光廣のお気に入りの絵師だったことから、宗達と光廣の関係を研究することは、宗達研究の新しい局面を示すことができるかもしれず、また広くこの時代の芸術文化の在り方を紐解く上でも価値のある研究になる。また、宗達の意図をさぐるために、今まで十分におこなわれていない「たらし込み」や「彫り塗り」技法を含む本作における描き方の詳細な検証、本作と中国絵画と日本絵画の牛図との比較を多角的におこなう。また、日本の水墨画史の中でも非常に重要な作品であることも明らかにしたいと考えており、本作の研究意義は大きいと考える。従って、本研究では、まず、本作を調査させて頂くにあたり、宗達の詳細な描き方や表現、光廣の賛の他にも、双幅である本作の絵と賛の間に紙継ぎがあり、ある時点で切り詰められたといわれている点や、左幅は宗達の真筆ではないという見解が指摘されている点も含め実見し、検証する必要がある。その上で、中国絵画と日本絵画の牛図も可能な限り調査させて頂き、本作と詳細に比較することで、宗達の制作意図をさぐりたい。また、光廣の和歌活動を文献と光廣自身が制作した作品などから調査分―74―

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