鹿島美術研究 年報第36号
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フィレンツェ1400年代後半における異種素材を組み合わせた祭壇装飾に関する研究しかしながら、現時点までにこのような体系的な調査を終えたものの、これはあくまで基礎情報の収集に過ぎず、実際は個々の寺院ごとに事情が異なることも事実である。その点について、現時点では詳細な調査はできていない。したがって次なる課題として、寺院への長期滞在を通して、寺院関係者への詳細な聞き取り調査を行うことが必要である。すなわち、地獄寺の立体像がどのような発案や段取りをもってつくられたのか、またそれ対し周囲の反応はどのようなものであったのかなどを調査する。また同時に、参拝客、主に近隣住民へのアンケート調査も並行して行い、タイの民衆の中で地獄寺がどのように認識・受容され、また機能を果たしているかなどを明らかにする。これには寺院への長期的な滞在と有効性が期待できる量のアンケート調査が不可欠である。筆者がこれまでに寺院に対して行なった基礎調査では、立体像を設置した理由として「教義を視覚的にあらわす」「罪・罰を教える」などの回答が全体の9割以上を占めていた。しかしながら、寺院の観光化の側面が少なからずあることや地獄表現に社会風刺的な側面があることなどを勘案すると、立体像の設置を単にそれらの教育的理由だけに結論付けることはできない。したがって、寺院に長期滞在し詳細に調査をすることで、内部事情をつかむことが必要である。それによって、地獄寺がどのような状況の中でつくられたものなのか、より正確に明らかにすることができると期待する。さらに、地獄寺における地獄の表現、また混在して造形される餓鬼の表現には、仏典の内容のみでは説明のつかない表現が散見される。この点について、筆者は土着の精霊信仰、そしてその延長線上にある怪奇映画などにおける精霊の表象との関連性を見出し、そこに図像的な習合があったと考察している。したがって、それらの通俗的な表象物を収集し、それらがどのように普及したかを明らかにすることを試みたい。研究者:京都大学大学院、近畿大学、立命館大学非常勤講師これまでのイタリア・ルネサンス初期の祭壇画に関する先行研究は、祭壇装飾という総合的な芸術作品から抽出された祭壇画単体に重点が置かれる傾向があった。すな―76―江尻育世

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