鹿島美術研究 年報第37号
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■調査研究の意義・価値・構想1) ミニマル・アートのパトロネージ研究としての意義既にマーサ・バスカークが指摘しているように、1960年代に大量生産された既製品や消耗材などが作品に用いられるようになったことで、芸術におけるオーサーシップは大きな転換期を迎えた。伝統的なオリジナリティの概念や真正性、唯一性、恒久性がもはや重要性を失い、作者性や所有権の所在が曖昧になったのだ。しかし、美術市場においてオーサーシップは明確でなくてはならない。コレクターは所有権や真正性の明文化を求め、契約書によってこれを担保する。ロザリンド・クラウスらポストモダニズムの批評家たちは、オリジナリティはモダニズムがつくりだした神話であると繰り返し述べたが、その効力を失っているはずのオリジナリティは市場においては自明視され、延命されている。従来、1960年代以降の芸術作品におけるオリジナリティの所在は美学上の問題としてのみ捉えられ、その変遷が批評・研究されてきたが、筆者は彫刻の再制作という場に焦点を当てることで実証主義的な検証を可能にする。ミニマル・アートにおいては、購入によって再制作が行われるとき、2000年代以降、コンテンポラリー・アートの価格が高騰したことで、アート・マーケットに熱視線が注がれるようになり、その状況を報告・分析するジャーナリストや経済学者が多く現れた。時期を同じくして、戦後アメリカ美術のパトロネージ研究もポップ・アートを中心的な検証対象として盛んになっており、レオ・キャステリらニューヨークの画商たちの周到な宣伝活動によって取り扱い作家たちが国際的な評価を獲得していったことが明らかにされている。しかし、ポップ・アートとほとんど同時期に動向として顕在化したミニマル・アート研究においては、長らく作家の商業的成功への野心は存在しないかのように扱われてきた。2010年代になると、画商の包括的研究が進んだことで、ミニマル・アートもまた美術市場の急激な成長と無関係でなかったことが徐々に分かってきたが、個別の作家がどのような契約を結び、パトロンたちとどのような関係を築き、それが作家の作品制作にどのような影響を及ぼしたかといったミクロな視点からの研究は未だなされていない。筆者は、モリスだけでなく他のミニマル・アートの彫刻家たちと画商やコレクターとの交流や契約の記録をつぶさに分析することで、単なる影響論や成功譚にとどまることなく、彼らの協働・対立関係の検討を機軸として動向の趨勢を検証する。2)芸術作品のオリジナリティをめぐるオルタナティヴ・ヒストリー―95―

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