中国南北朝の弥勒信仰にかかる造形表現について作家は作品の同一性やオリジナリティと向き合わざるを得なくなるからだ。筆者は美術市場という芸術作品のオリジナリティが生き残ったフィールドを研究対象とすることによって、批評家たちが描けなかったオリジナリティをめぐるもう一つの歴史を記述する。3)美術館における保存修復と再制作の問題再制作とオリジナリティをめぐる問題は、美術館の保存修復という観点から近年注目を集めている。グッゲンハイム美術館は2010年から、同館が所蔵するパンザ・コレクションのうち、再制作作品や設計図としてのみ残る作品を含むミニマル・アートやコンセプチュアル・アートをいかに保存するかという課題に理論的かつ実践的な見地から議論を続けている。日本の戦後美術史においては、しばしばもの派やメディア・アートの作品が展覧会に際して再制作されているが、その保存・収集についての議論は未だ成熟しているとは言えない。耐久性の低い素材や消耗品を用いた作品を長期的なスパンで保存していくとき、美術館は作家たちとどのような契約を交わし、何を以て同一性とするべきなのかという喫緊の課題に取り組む上で、本研究は重要な参照項となるだろう。研究者:九州国立博物館アソシエイトフェロー本研究は、中国南北朝期、特に西魏・東魏から北周・北斉にかけての弥勒信仰の様態を、その造形表現から明らかにすることを目的とする。弥勒に関する信仰は、仏教が発生した当初から釈迦に対する信仰に付随する形で生じていた。そのため仏教の伝わった各地に信仰は存在しており、一方でそれは時代や地域によって多種多様に変容している。これは当該信仰に基づき弥勒を表現した作例についても同様である。信仰とその造形表現が地域・時代的に広範にわたるというこの特殊性により、各地域・時代間での比較検討が可能であると考える。これまで筆者は、敦煌莫高窟における初唐・隋の弥勒の表現を対象に研究を進めてきており、その中で、北魏及び隋の窟では主たる題材の一角を担う弥勒菩薩の表現が、その中間の西魏・北周においてはほとんど認められなくなる点に注目した。同様の傾向は同王朝内の他の石窟でも窺われるが、他方同時代の東魏・北斉では従前と変わり―96―折山桂子
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