グエルチーノによるピアチェンツァ大聖堂クーポラ装飾研究くの自画像にはメキシコの「民族衣装」に包まれたフリーダが描かれているにもかかわらず、具体的にどの「民族衣装」が、どのような細部に注目し描かれているのかを明らかにした詳細な研究はこれまでない。筆者は主にメキシコ中央・南部の地域を訪ね、インディヘナ(Indígena):メキシコ先住民族がそれぞれの共同体で育んできた伝統染織及び民族衣装の様式、意匠、制作技術などについて調査研究を重ねてきた。衣装の「素材」、「色彩」、「デザインモチーフ」は、神話、信仰、儀礼と強く結束された民族の「祈り」の表象であり、それを着用することは「神聖」を纏うことを意味している。フリーダの自画像《私の思考の中のディエゴ》(1943年)、《テワナ衣装の自画像》(1943年、1948年)は、顔を覆ったレース編みの衣装が主役であるような印象を鑑賞者に与える。これは「祭り」という「聖」の時空で用いられる衣装であり、無表情の顔に対して画面を埋める草花のデザインのレースには、フリーダの繊細な描写によって「自然の生命力」が付与されているのである。本研究では、このようにフリーダが民族衣装を介して「聖なるもの」を描いているという推察の例証を課題としている。これまでのフリーダの絵画研究においてはそれほど多くの注意を払われてこなかった「テキスタイル」の問題から検証・考察を進めることで、フリーダが作品に繰り返し描いた「民族衣装」への新たな視点を学界へもたらすであろう。また、本研究で得た成果や情報を日本とメキシコにおいて発表し、今後進展が見込まれるフリーダの衣装研究にもさらなる学術的議論に寄与したいと考えている。研究者: 神戸大学大学院人文学研究科博士課程後期課程、 大原美術館学芸員大塚優美本研究の目的は、17世紀ボローニャ派の画家グエルチーノ(1591-1666)によって、1626年から1627年にかけて制作されたピアチェンツァの司教座聖堂クーポラのフレスコ装飾について、同時代の装飾にはあまりみられない「預言者」と「シビュラ(巫女)」という旧約世界の主題に大きな空間が割り当てられている点に着目し、本装飾の図像プログラムを主題選択の面から再解釈することである。―99―
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